EXTENSION vol.1 -克哉(SLOTHREAT/Misanthropist)の異分子のすゝめ 特別編/DIMLIM 烈(Gt)、セラ(Neko Hacker)対談

EXTENSION vol.1 -克哉(SLOTHREAT/Misanthropist)の異分子のすゝめ 特別編/DIMLIM 烈(Gt)、セラ(Neko Hacker)対談

  

克哉 : それはねえ、ありますよ。

 

烈 : 2人に思う点は、全曲聴いていて、2人とも自分に無いものを持っていて、その時点でコンプレックスを感じるし、直感的にズルいなという表現が一番正しいですね。だけど、別にそれをマイナスな要素として捉えるわけでもなく。こういう対談もできるし。

 

克哉 : だったら俺はこうしようと、なおさらアイデンティティが確立されるからね。

 

烈 : そうそう。同じ道を辿っても越えられないのは分かってるので、良い意味で刺激はめちゃくちゃ貰ってますね。こんなヤバいの出してきた、じゃあ自分は違う方向でこうしようと考えたりとか。作曲者はみんなそういうところは持ってるんじゃないですか。

 

克哉 : あるね。まさに言おうとしていたことを烈が言ってたんですけど、何においても自分と違うってそれだけで素晴らしいと思うんですよ。そこでハッとさせられるし。自分と違うことがイコールでそこに繋がる、それがズルいなって思ったりする。みんな自分に対して納得いかないところとできるところとか色々あると思うんですけど、だからこそ自己研鑽している中で、自分と違うことができている人はすごいなと思いますね。

セラ君にも聞きたいですね。彼はひょうきんなタイプで、こういう言葉が聞けることがあんまりないので。

 

セラ : 俺は脳内を言語化するのが苦手で。最近は一生懸命言語化してるんですけど。

DiverCoreってそういうことやと思うんですよ。あれはヘヴィーミュージックが根底にあって、そこに何か他のものを巻き込んで作ってる音楽の総称じゃないですか。それって意図してるかどうかは別に関係なくて、ひとりひとり作曲家の考え方って全然違うと思うし、多様性って意味のDiversity、それがDiverCoreなんだろうなと。メタルコアに縛られるんじゃなくて、例えば自分はメタルコアも聴いてきたしゲームミュージックも聴いてきたしピアノも聴いてきた、それを無意識にやってるのがDiverCoreの世界観じゃないかな。ちょっと語っちゃった(笑)。

 

克哉 : いやいや、僕はもっと語ってほしいんですよ。

 

セラ : ズルいというかリスペクトしている点は、克哉は音を自分でいじれるところです。トータルの完成図を見て、リフがサイドにあった方がメタルコアとしてよりズシンとくるとか、それの延長線上で、トータルの音像を意識しながらフレーズを考えられるのがすごいなと思います。自分はアウトプットを考えずとりあえず入れたい音をぶち込んで、ミックスエンジニアが苦労することがよくあるので。

 

克哉 : そう言われると、俺はバランス感覚が長けている方だと思うんですよ。フレーズを見て、あえてめちゃくちゃ詰め込んだりする時もあるし。そう思ってもらえてるのは嬉しいですね。

 

セラ : ミックスとかマスタリングを極めているから。

 

克哉 : 作曲、ミックスやマスタリングを同列に、音楽を作るという同じ線上で見てるから。

 

セラ : 箱があって、そこをちゃんと埋めていくみたいな。

 

克哉 : そう。ミックスも例えば、ギターがずっしりしているところで、ヴォーカルしかほぼ聞こえなくてギターとかが全然聞こえなかったら、もしくはそれの逆だったらと考えてみればまた違うセクションに聞こえたりとかもあるから。

あと、不協和音が鳴ってても、例えばDIMLIMの「vanitas」でやったテクニックなんですけど、「罪深き日々よ~」のバックとヴォーカルの音が当たってるところで、あえてヴォーカルのリバーブをべらぼうに深めて、効果音の扱いをすることによってあぁいう風に成立させられる。これって、ミックスは作曲と同じくらい楽曲に作用するってことなんですよね。例えばここで、ドライでヴォーカルが鳴ってたら、不協和音やスケールアウトがもっと違う状態で良くも悪くも顕著に現れるセクションなんですけど、そこの差なんですよ。ミックスはそういう領域にも踏み込めるから。

昔からエンジニアリングに興味があって実際に自分でも取り組んでるという根底がある中で、自然と僕の作ったものにもそういうように作曲と音像のコントロールが同列視されている様が表れるようになってるのかなと思います。

 

烈 : それはめちゃくちゃ感じます。

 

克哉 : マスタリング含めエンジニアリングっていうのは第2作曲みたいなもんだね。デジタル的であったり機械的だったり、そういう「作業」だとは捉えるべきでは絶対にない。

 

烈 : 俺はミックス全然出来ないけど、聴いてて分かりますよね。

 

克哉 : でもセラ君も最近はやるしね。

 

セラ : でも方法が全然違うと思うので。トータルでは意識出来てない。自分はまず詰め込んで、箱から溢れたものをどう調整するのかみたいな。

 

克哉 : そう聞くと確かに君ら2人は音の洪水系なイメージあるな。

一纏めにする訳ではないですが共通した感覚としてこの2人がヤバいなと思うのは、「え、なんでこのフレーズ鳴らしながらそのフレーズも鳴らしてんの? それでなんでかっこいい聴こえ方するの?」みたいな。大胆さと絶妙さに関して他の人には無いモノを顕著に感じる。烈君もセラ君も。数多の音楽の人たちを見ている中で、特に音のレイヤーが際立っている2人だなと思って。重ねが上手いんですよね。さっき言ってたように、溢れたものを調整していくというのは、レイヤーしまくってるから出る発言なんですよね。烈君もどちらかというとそっち寄りな印象。

僕が語っちゃったけど、烈君も自分のことを語って(笑)。

 

烈 : (笑)。自分もそう思いますね。やり過ぎるくらいやって、克哉と話し合うんですけど、理論的なものであったり、アプローチの仕方とかも、結構変わったりするので。

前のインタビューでも言いましたが、驚かせたいというのが一番強くて、じゃないと面白くないし。そこでもまた、フュージョンじゃないですけど、合わさって面白いのがいいなと思います。

 

克哉 : すごいよね。新しすぎる響きとか平気で入れてくるじゃないですか。でも俺は否定しない。例えばアヴァンギャルド超えて破綻してる場合とか、これは流石にヤバいって時は否定するけど。

 

烈 : その線引きも納得した上でね。

 

克哉 : お互いに上手くね。もちろん良さは潰したら無意味だし。それありき、ということもあるから。

セラ君から見た烈君は気になるな。改めて聞いてみたい。

 

セラ : めっちゃ対談のMC感あるな(笑)。冠番組みたいな。

 

克哉 : (笑)。一応僕のコラムなのでね(笑)。

 

セラ : 烈君は、意図せずに組み合わせちゃってるところがいいなと。イントロがカッティングから入ったり。

 

烈 : 俺はNeko Hackerにも同じこと感じます。克哉と、作曲スタイルというか音の使い方がちょっと似てるかなと自分の中で思うと、ちょっとNeko寄りだと思ってて。音を詰め込みまくったりして。でも、それでもちょっと半端じゃないなと。

 

セラ : あとリスペクトしてるのは、男気ですね(笑)。自分にはそれがないから詰め込んでるというのが本当のところかも知れません。

 

烈 : でも、それは本当に俺も同じ。不安なんですよ。

 

セラ : そう。不安だから足し算しちゃう。

 

克哉 : 分かる。ベクトルは微妙に違うけど俺もそういうところあるから。分かりやすいとこだとSLOTHREAT、特にMisanthropistなんかはずっと動きまくるリフ弾いてるじゃん。まるで長距離マラソンみたいにずっとフレーズ弾いてるけど、あれの根底は不安だから。弾いてない自分が怖くなるから弾いちゃうという部分はある。例えば僕の場合はメインリフの2トラックでそれをやったり。

 

 

烈 : その発想がたぶんミックス、マスタリングとかで生きてるんだろうな〜。

 

克哉 : 生きづらさを与えるものでしかない病的な神経質と心配性も役に立ってれば嬉しいね(笑)。全部ひとつの円で見てるのもあって、これ鳴ってる時にこれ鳴ったらまずいなとか、考えつつフレーズを弾きまくってる。時にあえてぶつけにいったりもするけど。

 

烈 : 俺は『CHEDOARA』に関して言うと、一瞬一瞬がかっこよくなければだめで、ヴォーカルが乗ることも当時は、正直そんなに想定して作ってないんですよ。バックサウンドだけでもかっこよく聞こえるぐらいに詰め込んで。セクションごとの空間作りを意識した中で、必然的に音が出来たというか。ギターも左右6.8本くらいあるし。

 

克哉 : そうそう。烈もサビとかギターが何本にもなったりしてるよね。セラ君もそういうことあるでしょ?

 

セラ : 20トラックくらいあったりするよ、ギター。

 

烈 : そういう意味でアプローチの仕方が違うんですよね。不安なことは、歌を意識してるかどうかっていうのはあると思う。

 

セラ : 最近思ったのが、俺って、歌も聴いてるけど、ギターが鳴ったらギターが好きだからそのフレーズしか聴かなくなる。メタルコアとかでシンガロングとかあったりするけど、めっちゃ好きな曲なのにシンガロング歌われへんってことがよくある。ギターのフレーズが好きでそればっかり聴いてるから。

 

克哉 : そういう目線の話を聞くと自分がトータルの像で見るのが好きなのを自覚するわ。

 

セラ : それが強みなんだろうね。

そういうのがないがしろにされがちなジャンルだから、歌を意識してフレーズ作れるのが強み。

 

克哉 : 昔から音感に長けてたところもあるから、自然とメロ制作も得意な方だし。

 

烈 : それだけ頭に入れながら曲を作れるのが、めちゃくちゃうらやましいですよ。それでヤバいものを出せるのはやっぱりすごいよ。俺は何も考えてないから(笑)。

 

克哉 : 自覚はしてないけどね。あとDIMLIMすげえなと思うのが、こうやって無心でガーっと作ってきて、いざバンドですとなると超バキっとハマる。Voの聖くんも感覚派の人間で凄い面白いメロディを書いてくる。鴻志はドラムに対するロジックがしっかりしてる感じが面白い。ドラムフレーズが知的で変態すぎる。

 

烈 : インテリ系が彼しかいないです(笑)。あとはもう「いけるっしょ!」みたいな。

 

克哉 : でもそれがバンドとしてハマると、「あ、DIMLIMだ。」となる。

敢えて言うんですけど俺は、DIMLIMは本物のヴィジュアル系だと思ってるんです。俺は90年代のヴィジュアル系から好きで、パイオニアの一つであるDEAD ENDから好きだったので、その俺の中でのヴィジュアル系像を現代に補完してくれているバンドがDIMLIMしかいないんですよ。見た目がどうとかサウンドがどうとかじゃない根底のマインドの話。俺の中ではそれが本物のヴィジュアル系なんですけど、どうやらそれが世間からしたヴィジュアル系からちょっとそれてるという目で見られてるみたいなんです。それがDiverCoreにも繋がってくるんですけど。

本来のヴィジュアル系はDiverCoreなんですよ。メタルミュージックの基盤だったり、海外直系だった激しい音楽等の周りがやっていないサウンドスタイルを自分達なりに昇華して、見た目も激しくしたり周りがやっていないヴィジュアルイメージを作って、というのがヴィジュアル系の根底なので。ヴィジュアル系≒DiverCoreで、DIMLIMがそれなんですよ。

 

烈 : そこは確かに、最近は自分らでも意識しているというか。順序を間違えてしまっているんですよね。

他のバンドにとやかく言うのもアレですけど、「○○をしたいから□□する」なのに、「□□しなきゃいけない」になっているというか。それぞれのジャンルによって縄張り意識も強いし。自分らはそういうことは気にしてないし、本当にかっこいいものをやろうと思うだけなんです。一時期はメイクしてたし、そういうバンドとして始まったんですが、そういう見られ方だけするのはもったいないという気もずっとしていました。3人になって改めて変わると思いますが。最近だと、King Gnuとかもヴィジュアル系だと思うし、BRING ME THE HORIZONもヴィジュアル系だと思うし、女王蜂なんか本当のヴィジュアル系だと思うので、言葉に惑わされないでほしいかなと思います。

 

克哉 : 語弊があるかとは思うけどヴィジュアル系としてくくられて居ない人達の方がよっぽどヴィジュアル系だったりするよね。そういう概念で言ったらだけど。

 

烈 : 本質を辿った時に、見た目を気にしたり、伴奏とかもそうですけど、そういうので表現を増進させるとなったら、もうみんなヴィジュアル系だなと。

 

克哉 : DIMLIMからはそれを感じましたね。音楽的には今で言うヴィジュアル系ではないんですけど、マインドが本物のヴィジュアル系だと思います。

 

セラ : この議題膨らみましたね~。

 

-原点に立ち返ってみると、ヴィジュアル系の奥深さを改めて感じます。近年、皆さんもそうですし、音楽に限らずジャンル・活動範囲を越境するDiverCore的なアーティストがここ2~3年で急に増えてきたと思います。こちらに関して思うことはありますか?

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