EXTENSION vol.1 -克哉(SLOTHREAT/Misanthropist)の異分子のすゝめ 特別編/DIMLIM 烈(Gt)、セラ(Neko Hacker)対談

EXTENSION vol.1 -克哉(SLOTHREAT/Misanthropist)の異分子のすゝめ 特別編/DIMLIM 烈(Gt)、セラ(Neko Hacker)対談

烈 : めちゃくちゃ思うことありますよ、これは。

 

克哉 : 自分でもよく考えることだから、今改めて2人にこれを聞きたい。

 

-流行ったりするものは今でもあると思うんですけど、その永続性が落ちてるなとは思いますね。長く聴かれるものが無いというか。

 

克哉 : 例えば4桁キャパぐらいいって、そういう人達が「今あいつらがキテる」とか「あいつらは売れる」、みたいに言われてたりしても、数年したら他のバンドがそのポジションに居たりするじゃん。

 

烈 : 一概に言えないですけど、やっぱり今ってめまぐるしいじゃないですか。Twitterなり、InstagramやYouTubeがあって。

最近、音に対して下品になっちゃいけないと思っているんです。人目につくものであったり、突発的に人気になりたいがために使えるものを全て使って、自分が本当に音楽始めた時の、どうしたいこうしたいっていう気持ちもなくして、魂を売ってしまっている状態のものがありふれ過ぎていて。それは何にも繋がらないと思うんですよ。一時だけワイワイ言われていたりするのは楽しいと思うんですけど、そういう意味で停滞も感じるし。

見ている目標という部分で、先輩にもこの前話したんですけど、。音楽をやっている以上、世界が目標だと僕らは思っていて。日本の中で売れてるバンドやすごいバンドがたくさんいるのは分かるんですけど、でも、突発的に人気になるとか、1~3年後の目標だけしかなくて、おいしくやれればいいやとなって、自分たちの本質や魂を売ってしまうと、そんなものは残らないなと。

 

克哉 : ビジネスが先行しすぎてるよね。本当は逆のはずなんだけどね。

 

烈 : そうなる理由は分かるんですよ。何か面白いことをしないと人目に付かないし、そこから引っ張り込んで自分たちの音楽を伝えるというやり方もあるとは思います。

でも、1度そういう見られ方をして外に出てしまったら、そういうのが求められるだろうし、それを一生続けるのかと考えると、自分たちの首を絞めている気がして仕方がないんですよね。だったら自分たちの音楽を突き詰めて、苦しい状況でもそうしていくのが一番正義なんじゃないかなと思うし、自分に嘘をつきながらやるのは本当に間違いだと思うので。

売れたいとか人気者になりたいとか、いろんな考え方があるのは分かるんですけど、僕ら3人の中でそういう人はいないし。もちろんみんな有名になりたいし、売れたいし、デカいところでやりたいという目標はあって、そういう人こそ、ライトが当たりにくい社会なので。

 

克哉 : 出る杭は打たれるというか、ぶっこんだ話するけど、他と違うモノをみんな違うモノとして扱うというか。自分らと違う、という。

 

烈 : ちょっと肌の色が違うだけとかね。

 

克哉 : そうそう。これは差別社会につながる話だけど、日本だけじゃないし。

 

烈 : 防衛本能みたいな。そういう意味で、自分らも簡単に発信できるし、売ろうと思えばTuneCoreとかでも配信できるので、それはとても素晴らしいと思うんですよ。

 

克哉 : プレスと桁が違うぐらい安い金額で、しかも配信って在庫が無いからね。フィジカルは在庫が無くなったらまたお金を積んで、これも他人本位という言葉に繋がるんですけど、他人がいないとプレスできないじゃないですか。極論、自分でプレスできるようになったら最強なんですけど。でも、自分でプレスできるようになったとしても、CDの元は誰かが作って、と考えると、効率が悪いじゃん、それって。勿論配信も業者無しでは出来ないですが、なんか物理的な感覚で。

 

烈 : 配信にはもう勝てないと思ってますね。

 

セラ : 世界中の誰でも携帯1つで聴けるから。

 

烈 : 今って結局、良くも悪くも、携帯の中が真実になってしまっているじゃないですか。みんな音楽しやすくなった反面、そこに1度?マークを置いていろいろ考えていかないと、自分たちにも言えるんですけど、簡単に崩れるなと思います。

人気とか、そういう人の目だけ気にして音楽やってたら、芯がブレブレになってしまうので。そういう人は音楽だけじゃなくてどこの分野にもいるじゃないですか、アーティストにしろYouTuberにしろ、炎上がどうとか。それのために手段選ばないのも人それぞれの考え方だと思うんですけど、音楽とかアートは、個々がちゃんとした考えの上でやったほうが良いなと思ってます。音楽シーンのためにも今後そうしていかないと。

アートという言葉で考えると、これ以上下品にしてもしょうがないんじゃない、という感じです。手の届きやすいところに来てはいると思うんですよ、めちゃくちゃ。YouTubeとかもそうだし、ネットですぐに聴けるから。俺らも会場限定で売ったものがすぐに違法アップロードされたりとか、誰でも聴けちゃうんで。それはまあしょうがないんですけど、アーティストはそうなってはいけないなと。魂を売ったらいろいろな意味で終わりだな、とすごく感じます。数年後はいいと思うんですけど、10年後とかを考えると、絶対にそれは自分を苦しめることになると思うので。人生を考えて、何を残すかと考えた時に、何も残らないなと。

 

克哉 : 出てくるねー。間違いないね。産業廃棄物を残しても仕方がないからね。

 

烈 : 出てくるね。

 

克哉 : コンプラが……。せっかくだしセラ君も話してほしいな。例えば、消費社会に対してどう抗っているかとか。

 

セラ :「魂売るか売らないか問題」で、どちらかというと売ってるかも知れない。でも、自分が聞いて育ってきた音楽を昇華してやりたいことをやるということを前提に、消費社会で必要とされているものの服を着ているような感じ。

 

烈 : 完全に自己満になってもしょうがないからね。

 

セラ : 聞かれるのも大事だと思うようになったから。

 

克哉 : 大きな世界のためにならないよね。広がらないと意味なくない? 誰も見てないところで自分たちだけのヤバいもの作っても。

 

セラ : それが聴かれて初めて意味があるからね。他人を巻き込んで。聴かせるためのテクニックとしてそういうことをしてるけど、その中にあるものを本当は見てほしいというのはある。

だから、例えば俺が昔やってたバンドの頃から好きでいてくれる人が、今つくっている音楽も聴いてくれるのはめっちゃ嬉しくて。消費社会やからこそ、それを信じて聴いてくれているリスナーひとりひとりへの感謝を忘れてはいかんなと。表面上は違うことをしていたとしても、裸の自分を知っている人がどれだけいるか。

 

烈 :「裸」という表現で、どんなに良い服着ても、整形しても、本質は変われないと思っていて。伴ってない人が多すぎるというか。やっぱり等身大というか、人間そんなに強くないし、そういうものもしっかり見てもらったらまた受け取り方も違うだろうし。

アーティストもどんどん消費されているからといって、そういうニーズに合わせるのも少しは考えないといけないですけど、ちゃんと抗って、全身で乗っかるんじゃなくて、アーティスト側が考えなきゃいけないことだと思います。教育というとおかしいですけど、伝える事ができる立場だと思うので。

 

克哉 : 本質が全てです。ビジネスとはって話なんですが消費に対しての、そこに合わせることを念頭に置いてはいけないと思っていて。

消費社会の根底にある奴らっていうのは、ビジネスが先行しているじゃないですか。これをやったら売れるとか、それはこっちからすると甚だおかしくて。自分たちが他の誰にも真似できないものを作って、それに見合うビジネスモデルを自分たちで考案するのであって、消費社会に帰属する人はある意味思考停止なんだよね。思考停止して、他人の敷いたレールに乗って、こうすればああすればとか、ビジネス先行で考えてるからそうなるだけで。全部そうだよ。

 

烈 : これは載せなくてもいいかもしれないですけど……ヴィジュアル系だと、メイクするのが当たり前なんですよ。でも根本は、自分らのバンドをどう見せたいとか、曲をどういう思いで作ってるからこういうメイクをしよう、とかから始まってると思うんです。。みんな発想が逆転しちゃってるんですよね。みんな校則に規則正しくてめちゃくちゃ優等生じゃん、と思うんですよ。それでどんどんオリジナリティも無くなっていくし。でも本質というものをちゃんと捉えていれば逆転の発想が出来るので、自分たちはただそうやって活動をしているだけですね。 

 

克哉 : 人生かかってるからね。でも結局、1の時間で100を得るか、それか100の時間で100000を得るかって話だからね。

 

烈 : それが数年後を考えているか、10年後や20年後を考えてるかという話だと思うので。

 

-現状のシーンを見た時、さじ加減が難しい所ではありますね。そこで行くと、サウンドプロダクション・機材の進化が進む反面、優等生が出来ても、頭ひとつ抜ける事が難しい時代にもなっていると思います。今音楽アーティスト・クリエイターとして活動する中で、皆さん自身が「頭ひとつ抜ける」為に心がけていることを教えてください。

 

克哉 : めちゃくちゃ漠然とした言い方なんですけど、どんなリスナーが聴いても、内包する全ての要素に対する造詣のとてつもない深さとクオリティが分かるような領域のものを作る事ですね。

個人的にいつも思うんですけど、歌ものをやってる人と、ヘヴィーミュージックやってる人で考えた時、どっちも両極端ですよね。前者はメロディ要素にステータスを振っていて、後者はヘヴィミュージック要素にステータスを振っている。それを混在させる人は過去数知れず居ましたがどちらかが破綻する所しか見てきていない。コンプレックスだらけに感じていました。僕はその両方を、どの方面からが聴かれても嫉妬するぐらいの領域で作り上げることを意識しています。メロディに執着してやっている人が聴いても唸るようなメロディを作るし、ヘヴィーミュージックに命かけてる人が聴いても「ヤバい。」となるようなフレーズを作りアプローチをする。

両極のコンプレックスを完全に淘汰することを意識して、これをクリアする事が頭ひとつ抜ける上で大切だと思ってます。以前に言った接着剤の話ですね。そういうブレンド率は意識してます。

 

-それこそ、DiverCore的発想ですよね。

 

克哉 : 作ろうと思えば、そのままにメタルコアライクなものというか、メタルコアの下地が敷かれた上でのものは作れるんですけど。メタルコアのメロディってメタルコアリスナーにはウケても、音楽的に練られたメロディを作るのに命かけてる人たちから見ると、メロが弱い、ということになるんですよ。メタルコアではスケールに対して安牌なトーンをよく使ったりするんで。勿論あれもあれで違った良さやアツさが有るので蔑んでいる訳ではないです。オーバーグラウンドによく居るような、歌や普遍性に注力していてメタルコア等のようなヘヴィーミュージックを作れない人たちからそちらを見た時に起こりがちな、「激しくてかっこいいけどメロは面白くない。」みたいなのも潰したいと思ってます。あくまでも一例ですが。

 

烈 : 結局、唯一無二じゃないですけど、やっぱりそういう言葉が強くて、今出ている音楽をやってもしょうがないじゃないですか。出切っているもの、腐るほどある曲をやっても。同じものを作ってもしょうがないし、他に負けたくないっていう気持ちは強いですね。世界に向けてというか、視野をめちゃくちゃ広げて曲を作ることによって。

さっきの消費社会の問題だったりとか、いろいろ考えてしまうと、やっぱり縮こまるというか、萎縮しちゃうと思うんですよ。やっぱり自分らは何をしてもいいと思っているんで。みんなに良い音作りの環境がある中で、0から何かひとつ、自分のオリジナルなものを作るのは大事だなと。やっぱり周りは見ますよね。他のバンドと比べるわけじゃないですけど、他に絶対負けたくないという気持ちが一番強いです。

 

克哉 : 間違いないね。こいつら大したことないじゃんって思われたら、俺が人生終わるだけなので。

 

烈 : 他人の想像の範疇でやっても面白くないし。次のアルバムを作っても、『CHEDOARA2』を出す気は全くなくて。ここでみんな保身に走ると思うんですけど、それは『CHEDOARA』を超えられないと思うので。あれはもう僕らの中では完結してるから。

 

克哉 : そのためのWESTワンマンだったんだ。

 

烈 : そうそう。そういう意味でも区切りは付けてるし。やっぱり自分の隠してる本質というものを入れて、魂を込めるしかないですね。

 

克哉 : そういう思い切りの良さが頭抜けている所の一つなんですよ。

 

烈 : でも、俺は実際めちゃくちゃ人のことは気にしてるし、すごく弱い人間なんですよ。でもそこに縋ってしまったら、一生縋るしかないって思って。音楽もそうだし、見せ方もそうだし。そう考えた時、ここは嫌でも強気に行くしかないんですよね。

 

セラ : 最近思ってるのは、自分の好きなことをやろうというか、自分にとって大事なことをする。

 

克哉 : 具体的には?せっかくだからさ。メンタリティも大事だと思うけど、どのようにしてそうなるのか。

 

セラ : 俺が今やってるのは分かりやすく言うと、エレクトロとギターなんですよ。

今まで乗せてきたその比率っていうのは、「大体○対○で乗せて……。」とか、感覚で分かってたんです。それを、今1年半ぐらいやってきて、少しずつエレクトロが出来るようになってきたのもあって最近はエレクトロの比率が高くなってきたんですよね。

本当にやりたかったことはなんやろうなと考えると、5年前とかにやってた自分の昔のバンドのジャンルが、今でも聴いてるほど好きやし。その頃に戻りすぎたらダメだけど、そのパッションを取り戻す旅に出かけたいなと。例えば和歌山県の夕焼けを見るとか。音楽を聴いていると自然と和歌山県の夕焼けが見えるような感じ、そういうものが好きやったんやなと。

だから、頭ひとつ抜けるために意識している点というと、好きなことを取り戻すことですね。ゲームの曲とか、アイドルの曲とかも好きで聴いてきてるから。それも取り戻したら、ようやく唯一無二になれるのかなと。

 

克哉 : セラ君の曲の話をすると、俺もともとエレクトロめっちゃ嫌いだったんですよ、バンドサウンドが好きなので。

 

セラ : それは俺もほんまにそう。でもやってみて楽しかったし。

 

克哉 : セラ君の何がすごいって、エレクトロじゃありえないようなことが起きているんですよ。ギターのアカデミックなフレーズと、俺は「セラコード」って呼んでるんですけど、ギタープレイヤーでもある彼はからPERIPHERYとかが基盤にあって、そういうロジカルなギターの進行があったりして、それらがしっかり入っていながら音の雰囲気は完全にエレクトロになってるみたいな。

 

セラ : 客観的にエレクトロの方から見たら絶対にありえないものを俺は作っていて、エレクトロってドロップが一番盛り上がるところなんですけど、それを意識したことが無いんですよね。やっぱりAメロ・Bメロ・サビ・ちょっとエモい間奏みたいな感じで、絶対にそれを崩したくないから。

 

克哉 : そういうところが、バンドサウンド好きな人間も唸らせてるんだなと。

 

セラ : どっちにもリスペクトしてもらえるようなのがいいなと思います。

 

克哉 : それができているのが、意識してるのか無意識にかは分からないけど、抜けているところだよね。

 

-昔誰かが言っていたんですが、ジャンルは違えど、極めた人間は同じ境地に至るそうで……今まさにそれが目の前で起こっている気がします。さて、この話を深堀すべく、改めて楽曲制作において皆さんが意識している事を教えてください。

  

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