ハシダカズマ インタビュー

ハシダカズマ インタビュー

ハシダカズマ
HP: https://kazumahashida.tumblr.com/profile
Twitter : https://twitter.com/hakoniwa_ha
Ri Ri Riligion HP: https://riligion.com/

皆さんはポストクラシカルなアプローチで奏でる開放的なオルタナ・ポップが魅力のバンド、箱庭の室内楽をご存じであろうか?

赤装飾に身を包んだ男性を中心に、後藤まりこやAZUMA HITOMIら20人以上もの女性メンバーを擁する大所帯バンド、Ri Ri Riligionをご存じであろうか?

その2バンドのフロントマンを務めるのはゆるめるモ!や天晴れ!原宿をはじめとする数々のアイドル達の楽曲や企業ソングの作編曲、ラブリーサマーちゃんのサポートギター、そしてMVや映像を制作・配信する会社に勤める会社員としての顔をもつ、ハシダカズマである。

本インタビューでは、フロントマン、作編曲家、会社員…、ジャンルを問わずいくつもの顔を持つ鬼才ハシダカズマに迫るべくロングインタビューを行った。彼の音楽的ルーツから作編曲を担当したこれまでの作品について、そして今年から始動された大所帯バンド、Ri Ri Riligionについてまで、余すところなくお届する。

文 /ハシダカズマ 編集 /滝田優樹(@takita_funky


 

-TOPPA!!初登場ですので、ハシダさんの自己紹介をお願いします。

 

ハシダカズマ:未熟児で生まれてすぐ入院したんですが、40年生きててこれが今のところ唯一の入院です。

中学入るくらいまでは野球少年で阪神の4番を目指していたんですが、洋楽知っているとモテそうという理由でとりあえずThe Beatlesから聴き始め「Strawberry Fields Forever」で脳天撃ち抜かれ音楽にどっぷりつかることになり、野球少年から音楽少年になりました。

 

 

なるほど。音楽をやり始めたのはいつごろからなんですか?

 

ハシダカズマ:中学で音楽の趣味合いそうな人は特にいなかったんでこっそりギター練習しながらラジカセ2台使ってピンポン録音とかしてました。

高校に入ってバンド始めまして、全裸+股間に靴下履+工事現場のヘルメットみたいな男子高生らしいスカム・ミクスチャー・バンドみたいなのをやってましたが、VS-880というデジタルMTRが世に出てたのをきっかけに、宅録の世界を知り、バンドを辞めてずっと宅録してました。

大学に入ってもずっと宅録漬けで他にやることないので1日3曲くらい当たり前に作ってましたね。USBもない時代で、当時持ってる人も少なかったSCSI(スモールコンピュータシステムインタフェース)接続のエラーばっか出る等倍焼き込みのCD-Rドライブを使ってCD-R作って売ったりしてたんですが、「ライブやったほうが色々広がりやすいなー」と思い、大学の友達とbolbotsというバンドを始めました。で、それが名前変わったりしながら今に続いている感じです。

 

結構早い段階で宅録を始めてらしたんですね。さきほど、“The Beatlesの「Strawberry Fields Forever」で脳天撃ち抜かれたのがきっかけで音楽を始めた”とおっっしゃてましたが、その他にハシダさん自身の音楽的ルーツはありますか?

 

ハシダカズマ: The Beatlesに代表される60年代後半のサイケポップ、19世紀後半〜20世紀初頭のクラシック、90年代の国内外のアンダーグラウンドなインディーズバンドたちとかだと思います。

 

ありがとうございます。その辺のルーツはハシダさんが作詞作曲兼ギターボーカル務めるロックバンド、箱庭の室内楽やボーカルを担当する大所帯バンドRi Ri Riligion、そしてアイドル達の楽曲提供などで還元されているような気がしますね。続いて、箱庭の室内楽はどのような経緯で結成されたんですか?

 

 

ハシダカズマ:大学生時代に始めたbolbotsというバンドが全員超絶ローテクなのに全員泥酔してライブするスカムスタイルで、一部の界隈の人には評価高かったと思うんですが、そろそろハイファイになりたいとハイファイ感ある名前に改名したのが箱庭の室内楽です。本当は当時ハマっていた室内楽っぽい音楽やろうかと思ったんですが、とくにそういう楽器を持ったメンバーも見つけられずちょっとピアノとかグロッケンがあるくらいで、結局ギターを中心としたローファイバンドのままでした。

 

はい。

 

ハシダカズマ:基本的に宅録で他のメンバーのパートまで全部作ったデモを渡して、これやってきてねってスタイルだったのですが、デモを作るのが一番楽しくそこで燃え尽きているため、ライブ力が低く色々至らない時期をずっと過ごしていた気がします。メンバー及び関係者の方々すんませんでした。

時期によってメンバーや楽器構成が変わるんですが、奇数拍子とか変な転調を混ぜつつぱっと聴きはすごいポップに聴こえるようにするっていう自分のルールだけは割と一貫していたような気がします。

直近は、と言っても2年くらい前はツインギター、ベース、ドラム、キーボードというシンプルな編成で、1、2分くらいでめちゃくちゃ展開して嵐の様に曲が終わるポップソングという原点に戻りつつようやく完成されたのかなというスタイルだったんですが、諸事情あって活動停止中です。レコーディングしてマスタリングまでした音源が眠っているのでどうにかしたいんですよね…。だれかリリースしてくれるレーベルありませんかね?

 

色々と驚きが多かったのですが、箱庭の室内楽は、自身も楽曲提供を行うアイドルゆるめるモ!とのコラボを行っていますよね? 「木曜アティチュード」の作詞には人気ラッパーのDOTAMAが参加していたり、アルバムを通してオルタナ・ポップやトラップミュージック~シューゲイザーなど回遊していたり、今聴いてもそのアグレッシブさに舌をまいてしまいます。現在活動停止中で、5年前の作品ではありますが、この作品ができるまでの経緯など、ぜひ知りたいです。

 

 

ハシダカズマ:当時、「廃病院パーティー」というイベントを手伝っていたんですが、そこでゆるめるモ!を見て、そのときはけちょんと旧メンバーのもねちゃんの2名体制だったんですが、何やってもありそうなグループで面白いなぁと思い、田家大知プロデューサーに「曲作らせてくれませんか?」って声かけて色々話したら音楽の趣味がすごい合うので、元々1曲だけのつもりがミニ・アルバムになっちゃったのが、箱めるモ!という音源です。

 

そうだったんですね。曲作りはどのように進んだんですか?

 

ハシダカズマ:基本、田家さんから「こういう風の曲が欲しい」ってオーダーがあって、それを自分なりにこねくり回して打ち返して作るみたいな感じなので、要素が多いのは田家さんのオーダーによるところだと思います。

当時はももクロにはまっていて、それまで全く縁のなかったアイドルを聴き始めた時期だったのですが、ちゃんと分析もできていなかったため、例えばミックスという文化もあまり理解しておらず、アイドルファンがどういう曲なら盛り上がりやすいかを何も考えていないのが当時のアイドルの中ではちょっと異彩を放ってアグレッシブに聴こえるんじゃないでしょうか? アイドルというのはお客さんを含めての総合エンタメというのを理解するのにまぁまぁ時間がかかりました。

疾走感のある8ビートとか4つ打ち曲なんて自分のバンドでやったことなかったのでだいぶノリノリで作った記憶があります。今アイドルソングを作るってなるとどうしてもお客さんのことを考えてしまうのである意味、箱めるモ!は初期衝動の塊かもしれないです。

 

ありがとうございます。ハシダさん自身は箱庭の室内楽とゆるめるモ!がそれぞれどのようなバンドとグループだと思いますか?

 

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