丁子紅子 インタビュー

丁子紅子 インタビュー

丁子紅子(読み方 : ちょうじ べにこ)
HP : http://benibeniboc.wixsite.com/chojibeniko
Twitter : https://twitter.com/chbeni
Facebook : https://www.facebook.com/chojibeniko/

 

“彼女たちはもうそこにはいない。消え去ってしまった一瞬の感情の写し身として、彼女たちはその画の中だけに存在するのである。”

丁子紅子氏は埼玉県大宮出身の日本画家である。彼女の描く女性たちは皆この世のものとは思えないような美しさ、生命力・躍動感を放っている。近年では、それでも尚、未来に媚びるや明日の叙景などのバンドのアートワークも手がけており、TOPPA読者の中にも彼女の美人画を見た方も少なからずいると思われる。

今回はそんな丁子女史の生い立ちや思考、ルーツを振り返るべく、インタビューを試みた。

取材・文・編集 / 鹿野 貴大  写真 / 小暮和音


 

先ずは丁子さんの自己紹介をお願い致します。

 

丁子:私は1991年に埼玉県の大宮で生まれました。それからずっと大宮に住んでいます。3歳から地元の絵画教室に通っていました。高校で光陵高校の美術科に入学して、そこで日本画を3年間勉強して、東京の女子美術大学へ進学しそこでも日本画を専攻していました。大学を卒業した後は、ジュエリーをオーダーメイドで作る会社のデザイナーをやりながら、絵を描いていたのですが、幸いなことに絵画の活動の方が忙しくなってきていたので、その会社を3年目で退職して、絵画の活動の方に専念するようになりました。そんな感じで現在に至ります。

 

ありがとうございます。子供の頃から絵を描いていたのですか?

 

丁子:3歳の頃から絵画教室に通っていました。最初は油絵を描いていたのですが、油絵の具の科学的な香りが体に合わなくて……。それで日本画を選びました。

もともと、叔父が小澤清人という画家で、叔父の絵が家に飾られていました。両親も絵画の活動を後押ししてくれるような感じで、そういう道に進みやすい家だったのもきっかけとしてあると思います。それもあり、高校から美術の専攻がある高校に入学し、そこで日本画を選びました。

 

丁子さんの初期の作品はダークで幻想的な雰囲気、近年は日本女性の美しさを表現されるようなスタイルとお見受けされるのですが、表現の変遷などのきっかけや何故、日本女性を描かれているのかを教えてください。

 

丁子:初期のダークな作品の頃は、色んな周りからの刺激を受けやすく、多感な時期だったんです。

ただ、そこから大学を卒業してジュエリーの会社に入るんです。そこはオーダーメイドでお客様の要望を聞きながらジュエリーを作る会社だったんですけど、私はそこでお客様と話をしながらデザインを描いて、それを職人さんとやり取りしながら作り上げてもらうという仕事をしていたんです。その中で、自分の画風に変化が現れていったのを覚えています。それまでは自分の表現したいものを好きに描くということが多くて、第一に人に見てもらうという所を強く意識していたわけではなかったんですね。それが仕事の中でお客様の求めているものを作っていくうちに、人に見てもらう作品というのを自分の中で意識し始めました。そして自分の描きたい物と人から求められている物の妥協点、所謂グレーゾーンを探し始めることになったんです。

 

 

その時期に、この絵はこういった意味、こういったことを表している・・・という風に描くときに決めてしまうのではなく、100人が100通りの受け取り方ができるような絵を描いていきたいと思いました。それまで黒や暗い色彩の背景を使うことが多かったんですけど、それをある時から白一色にするようにしました。更に多くの色彩を使って、カラフルに仕上げるのは受け手の印象を決定付けたり、先入観を与えてしまうので使う色も少なくしました。その少ない色彩でいうと、赤色は強い生命力を感じるので取り入れるようにしました。女性の表情についても見る人によっては微笑んでいるようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える微妙な塩梅の表情で描くようにしています。

 

 

更にいうと、これは女性の絵画であって、そうではないんです。

 

と言いますと。

 

丁子:感情って一瞬で生まれて、一瞬で消えていってしまうと思うんですけど。私は無くなってしまう感情を捉えたものを描きたいんです。私の絵の中に出てくる女性たちはその感情を表現する現し身のようなものなのです。

 

なるほど、一瞬の感情の迸りを表現されているんですね。それでは、丁子様が絵を描く中でルーツというか、影響されたアーティストを教えてください。

 

丁子:初期の頃は、日本画家の松井冬子さん、油絵画家の菅野静香さんの絵にとても影響を受けました。特に松井さんのダークな作風には強く影響を受けています。バンドをやっていたこともあり、THE BACK HORNやSyrup16gや9mm parabellum bulletやACIDMAN、それに鬼束ちひろがとても好きで、全体的にダークな音楽を聴いてインスピレーションをもらっていました。その後、作風がだんだん変わっていく時期に日本画家の中原亜梨沙さんの綺麗な女性の絵にも影響を受けて、美しい女性を描きたいなと思うようになりました。あとは少し昔の画家さんで、今は亡くなってしまっているんですが鴨居玲さんの絵もとても好きです。あのどこにも行き場がない心の葛藤を絵に閉じ込めている作品は見るだけで心を掴まれてしまう不思議なパワーがあり、そのパワーは大切にしなくてはならない部分だと見る度に思い出させてくれます。

 

ひとつの作品を製作されるのに、平均してどれくらいの時間を費やされるのでしょうか。

 

丁子:取材の時間も入れて、大体3週間といったところでしょうか。絵のモデルの方は実は今6人ほどいらっしゃって入れ替わりながら描かせてもらってるのですが、先ず私はそのモデルの方の写真を撮らせていただいて、デッサンを描きます。そのデッサンをトレーシングペーパーを使って、線に直していきます。そして線で描かれた中に色を入れていくような技法を使っています。

 

現在までに中村月子さん、それでも尚、未来に媚びる、明日の叙景などのミュージシャンの音源のアートワークや桐野夏生さんの著作の表紙、眼鏡ブランドの「VioRou」のポスタービジュアルなど幅広く手がけられていますね。こういったお仕事をされるようになったきっかけについて教えてください。

 

 

丁子:最初にお仕事の話をいただいたのは、それでも尚、未来に媚びる。というバンドの方々です。私の絵のお客様がCDをプレゼントしてくださり、聴いて好きになり、ろく(Gt)さんと繋がりライブに行かせていただいたのがはじまりでした。その後、ろくさんも絵を見にきてくださり、がーこ(Vo)さんと繋がらせて頂きジャケのお話をいただきました。仲良くなったのはジャケ完成後の話で、アーティストとしてとても良い刺激を頂いています。

そこから少しずつそういうお仕事のお話がいただける様になってきましたね。幸運なことにかっこいいミュージシャンの方たちばかりからお話をいただけています(笑)。ジャケットを作る作業がとても好きなのでご依頼お待ちしています。

今現在はシンガーソングライターの中村月子さんと一緒にコラボ企画をすすめているので、どんな化学反応がこれから起きていくのかとても楽しみにしています。

 

先日は個展「沈黙する身体、あるいは真実。」を西麻布のギャラリーKIYOSHI ART SPACEで開催されていましたね。手応えは如何でしたか。

 

 

丁子:今回新しい試みとして、絵画にプロジェクションマッピングを使い、映像を投影して花びらが舞う表現をしたんですね。オープニングレセプションでは中村月子ライブをして頂いたのですが、月子さんがメインビジュアルの作品をイメージして曲まで制作してくださり、ライブ自体、作品自体にも深みがでてとても良いコラボレーションになりました。ライブの日はギャラリーから人が溢れてしまうくらい盛況でした。プロジェクションマッピングやライブとのコラボはずっと自分でもやってみたい事の一つだったので、まだまだ絵画の世界も新しい表現の可能性が全然あるなと感じて、自分にとっても大きな意味のある個展になりましたね。

 

 

話は変わりまして、最近感銘を受けたアーティストがいましたら教えてください。

 

丁子:村松亮太郎さんという方が六本木ヒルズで展示されていた「FLOWERS」という体感型の空間芸術作品がすごく素敵でした。大々的にプロジェクションマッピングを空間に映し出し、絵が動いていく姿をみて、自分の作品にも何かモーションを付け加え加えて可能性を広げることはできないかなと感じ、自分の個展でもチャレンジしてみたいと思ったんです。

 

 

ありがとうございます。最後にこのインタビューを読んでいる絵を描いている方、画家を志している方にメッセージをお願いします。

 

丁子:美大を卒業してフリーで活動する、という方が非常に多いと思います。でも先ずは視野を狭めずに自分の方向性を模索してみてください。私の画風が確立されたのも、就職したときの経験があってのことなので。色々な可能性を探ってほしいです。

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