Garimpeiro Records
Twitter : https://twitter.com/garimpeiro_jp
Facebook : https://www.facebook.com/GarimpeiroRecords/
Anchor Works
HP : http://anchor-w.jp/
Twitter : https://twitter.com/anchorworks_jp
思い返せば、本格的に日本でエモやスクリーモ、メタルコアなどの音楽が流行りだしたのは2010年前後だろうか。数多くのバンドが生まれては消え、その中から一握りのバンドが爆発的なブレイクを果たし、今のラウドシーンの土台を形成する要因になった。
そんな中、シーン黎明期から今に至るまで、良質なバンドをリリースし続けているレーベル、「Garimpeiro Records」の存在を見逃してはならない。古くはEMAROSAやHOPES DIE LASTなどの洋楽エモ・スクリーモの王道バンドのリリースに始まり、近年だとINFECTIONなどのメタルコア・ハードコアやMAMYのようなエモ・ロックバンドもリリースしており、非常に幅広いレーベルと言えよう。
今回、TOPPA!!編集部は、そんな名門レーベルの中の人である関口仁士氏に、彼自身の音楽的ルーツや音楽業界に入ったきっかけ、現在のレーベルのあり方などについて、インタビューを敢行した。
取材・文・編集・写真 / 宮久保 仁貴
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–関口様の音楽を聴き始めたきっかけ、そして現在に至るまでの経緯をお教え下さい。
関口 : 音楽を聴き始めたきっかけですが、特にこれといって意識したことは無いんです。両親が音楽好きで、家の中や出先の車の中では常に音楽が流れていました。父親はジャズや、古き良きアメリカ感溢れるFRANK SINATRAとかをよく聴いていました。母親はTHE BEATLES、THE MONKEESなどの海外のロック系や、クループサウンズ系のバンドや歌謡曲を聴いていたり。今思えばけっこういろんな音楽が常に耳に入ってきた家庭環境だったと思います。
僕自身小さい時は、当時放送されていた戦隊モノとかアニメの主題歌が入ってるコンピ・カセットやレコードを買って貰ってよく聴いていたような……小さな頃のことなので、若干記憶が曖昧ですけど(笑)。
意識して音楽を聴き始めたのは、たぶん小学校高学年〜中学に入ってすぐの頃だと思います。最初は周りの友達と同じく、BOØWYやJUN SKY WALKER(S)とかTHE BLUE HEARTSとか聴いていました。世代がバレますね(笑)、CDではなくカセットで聴いているような時代でした。
–意外ですね!そこから、こういった激しい音楽に出会ったきっかけは何だったんでしょうか?
関口 : そんな僕自身が生まれて初めて買ったCDはANTHRAXとMEGADETHだったんです(笑)。いきなりメタルのCDを買うっていうあり得ないセレクトで(笑)。実は中学一年生が終わった時点で、親の仕事の都合でアメリカに引っ越す事になって、いきなり現地の中学校に叩き込まれたんですよ。中学生って、女の子のほうが大人っぽくて、男はガキって感じだと思うんですけど、現地の女の子達がみんなメイクを半端なくばっちりしていて、着ているものも凄く大人っぽくて、入学初日にとんでもないとこに来ちまったなぁと愕然とした記憶があります(笑)。
当時、男子はIRON MAIDENとかMETALLICAとかSLAYERとか、黒メタルTシャツを着るのがトレンドというか、イケてたんです。みんな髪伸ばしててね。
–今のバンドTシャツブームはリバイバルなのかもしれませんね(笑)。
関口 : もしかしたらそうなのかもね(笑)。ただ、当然メタルなんて全然知らなかったし、みんなが着てるTシャツ見て、「そもそもMETALLICAって何だよ?」とか思って。で、クラスメイトに聞いたら「バンドのTシャツだよ」て教えてくれて。
向こうに行った当初はもちろん英語なんて殆ど喋れないし、そもそも共通の話題や趣味とかないから話すことなんもねえよてな
中学が終わるあたりに流行りだしたNIRVANAを筆頭としたグランジブームや、それ以降のオルタナムーブメントは、「けっ!」とか思いながら、PANTERAとかSEPULTRAとかMACHINEHEADみたいな新しく出てきたメタルバンドばっか聴いていました。グランジで聴けたのはALICE IN CHAINSぐらいだったかなー。
–現地、かつリアルタイムで様々なメタルを体験出来たのは、本当に羨ましいです。そこから、ハードコアに出会ったきっかけは何だったんでしょうか?
関口 : 高校の終わりぐらいに観に行ったPANTERAのライブの対バンでBIOHAZARDが出ていて、その時初めてハードコアに触れました。ちょうど彼らが1stアルバムをリリースした直後ぐらいかな?住んでいた街の近くにツアーで来ていて。ぶっちゃけ、ハードコアとかそれまで触れたこと無かったんで、半ば興味本位で彼らのライブを観たんだけど、「ヤバい!なんだこれ!」と衝撃を受けまくって。彼らをきっかけにニューヨークハードコアの存在を知り、AGNOSTIC FRONTやMADBALL辺りを聴くようになりました。Youth Crew系も通ったけど、そっちはあまりはまらなかったかなぁ。それがだいたい25年くらい前の出来事になります。
–そこから日本に帰られて、就職等を経験されたかと思いますが、STM配下のレーベルGarimpeiro Records及びAnchor Works設立のきっかけを教えて頂けますでしょうか?
関口 : 就職の話から入りますと、向こうの高校を卒業してアメリカから帰ってきて、大学に入って普通に就活して、ごく普通の会社に新卒で入ったんです。当時勢いが凄かったベンチャー企業で、メディアでもガンガン取り上げられているような会社だったけど、あまりにも社長がワンマン過ぎて、決まった話がすぐにひっくり返ったり、気まぐれで全く意味の分からないことをやらされて、それが進み出したらやっぱりこれは止めよう!みたいなことの繰り返しが続いて、これじゃ意味が無いなと思ったんです。そこで、一回目の転職をして、次は商社系の会社に入ったんですけど、いわゆるブラック体質で、周りの社員さんが病んでいったり、長期入院したりってのを目の当たりにして、これはおそらく俺も体が保たねーぞと(笑)。
そんな時に、当時1ユーザーだったSTMのサイトを偶然覗いたら、スタートトゥデイ(当時のSTMの運営会社、現在はZOZOTOWNの運営会社として有名)が人材募集の告知をしていて。音楽好きだしっていう軽いノリで、あまり深く考えずに興味本位というか、さっき言った商社から一日も早く逃げたくて(笑)。軽い気持ちで応募したのが、音楽業界に触れるきっかけでした。それが確か2001年で、入社した直後に911事件が起きて、社内でもそれが凄く話題になったのが凄く印象に残っています。当時はまだSTMがECを始めたばかりで、まだ紙のカタログもありました。現ZOZOTOWNの原点的なアパレルECサイトも稼働してからそんなに時間が経っていなくて、従業員はバイトの女の子含めて全部で10人居たか居ないかぐらいでした。今は数百人規模の会社なんで、あそこの成長ぷりにビックリしています(笑)。
–今やスタートトゥデイ(ZOZOTOWN)はアパレルEC一筋ですが、そんな過去があったんですね!
関口 : そもそもスタートトゥデイっていう社名は、Gorilla Biscuitsのアルバムタイトルなわけだしね。入社した当初
当時STMはECがちょっと失敗しかけていて、いっそのこと何もかも全面的にスクラップにして、抜本的な部分から見直そうよってなって、僕ともう一人のスタッフと社長の3人で、サイトのコンセプトとかデザインとかバックオフィスとかも見直して、仕入れ先の新規開拓とかしつつ、DIYでサイトを作って。
当時画期的だったサイトのコンテンツの一つに、「みんなのレコ屋」というのがあって、言うなればお客さんがディスク・レビューを書ける機能なんですけど、特徴的だったのはレビューを書く人それぞれがレコ屋の店長さんていう設定になっていて、店長さん同士だったり、レビューを観に行った人だったり、みんなが交流を持つことが出来る……言ってみたらSNSの走りみたいなもんですよね。その機能を作って集客にいかしたり、輸入盤の値段もとにかく安く設定して、他の店よりうちはこんなに安いよ!てアピールしまくったり。今思えば、凄く破天荒なオンラインCD屋さんだったよなーって思います。サイトのロゴは僕が手書きで書いた戦車をgif加工して、それがショボい砲弾をポンポン撃ってるみたいな(笑)、初めて見る人からしたら、「何のサイトだよこれ??」ってぐらいにチープなデザインだったんですけど、当時の僕らはそれが凄くやれてる!とか思って(笑)。
で、そのサイトの洋楽バイヤーになったのをきっかけに、音楽の仕事をするようになりました。最初はヨーロッパ方面のニュースクールHCとか、そっち系の新規流通の開拓メインにやった記憶があります。当時のSTMはヨーロッパ系の品揃えが相当悪かったので。
–途中、スタートトゥデイからSTMは独立されましたが、こちらは何年の出来事になりますか?
それは2006年の夏の出来事になりますね。当時ZOZOTOWNは既に稼動していて、スタートトゥデイが株式上場する話も持ち上がっていたタイミングで。まあ、諸々いろいろあった後に、アパレルと音楽を分けよう、分社化しようってなって、音楽の方が独立した感じですね。
別に喧嘩別れしたとかそんなのじゃないですよ。お互い納得した上で、という感じで。
–僕自身がSTMを見始めたのが2011年からですので、改めて歴史を見返すと、非常に長いですね!
関口 : 2011年か……めっちゃ最近ですね(笑)。ちょうどGarimpeiro Recordsが日本のバンドと絡み出したくらいでしょうか。FEAR FROM THE HATEが初めてレーベルとして絡み出した日本のバンドで、それが大体2010年秋くらいだったと思います。
そもそもレーベルを始めたきっかけを話すと長くなるんですけど、STMはスタートトゥデイ時代から、他のCD屋さんでは扱われていなくて、良質だけど流通が弱い海外のバンドのCDを直接バンドから買い付けて販売していたんです。目玉っていうか、サイトの売りとして、そういうマニアックなバンドのCDにかなり力を入れていたんですよ。そんなバンドの中の一つに、AFTER THE SIRENSというボストンのバンドがいて、彼らのEPがもうめちゃくちゃバカみたいに売れて……トータルで1000枚近く売れたんじゃないかな。で、独立した直後ぐらいに、彼らから「アルバム出すけど、またSTMで扱ってくれない?」という連絡が寄せられて。元々スクリーモ・ポストハードコア系のバンドだったんですけど、新曲のサンプルトラックを聴いたら、EP時代とは音楽性が無茶苦茶変わっていて、「うーん、これはどうしたもんか??」と悩んでいたタイミングに、STMの事務所に遊びに来ていた某バンドのメンバーが「これ凄くいいですよ!国内盤リリースしたら良いんじゃないですか?出しちゃいましょうよ!」と太鼓判を押してくれたんです。それで、僕らからAFTER THE SIRENS に「日本国内でのCDリリースに興味ある?」って話を振ったら、向こうが超乗り気でトントン拍子で話がまとまっちゃって(笑)。
–改めて、レーベル名の「Garimpeiro」の由来を教えて下さい。
関口 : レーベル立ちあげて、AFTER THE SIRENSのCDを出すことは決まったものの、レーベル名が全然思いつかなくて……そんな時にTVでやってたドキュメンタリー番組で、アマゾン川で金を採集する人たちのことが紹介されていたんですよ。そういう人達のことを現地ではGarimpeiroと呼んでいると。興味を持って見ていたら、砂利をザルみたいなので掬っては、川の水の中でジャブジャブゆすって金を見つけ出すんですけど、そのシーンを見た時にこれだ!と。「世の中にたくさんいるバンドの中から光輝く原石を見つけて、それをシーンに紹介する!」という意味合いを込めて、レーベル名をGarimpeiro Recordsに決めました。これが2007年の頭ぐらいの出来事だったと思います。レーベルやるぞ!て意気込んで立ちあげたっていうよりかは、とりあえず全部任せてもらえたから、リリースしてみっか、くらいの軽い気持ちで始めたレーベルですね。
–それが今や、日本のエモやスクリーモ、メタルコアなどの音楽を語る上で避けては通れないレーベルに成長したわけですね!
関口 : いやいや、全然そんなことはないですよ(笑)。年数の割りには、リリース数だってそこまであるわけではないですし。当時はこっち系のジャンルだと、TRIPLE VISIONさん、ZESTONEさん、NEW NOISE INDUSTRIES(後のDOOM PATROL FOUNDATION)さん辺りが先駆者として運営されていて、色々教えて貰いながら試行錯誤しながらやってきて今に至るというか。特にNEW NOISE INDUSTRIESの中の人とは特に仲良くて、サンプラーCDを一緒に作ったり、一緒にライブでフライヤー配ったり(笑)。プライベートでも飲みに行ったりする仲ですけど、本当に色々と御世話になりました。
AFTER THE SIRENSをリリースした後に、STMでEMAROSAのEPを取り扱ってたんですけど、これがとにかく無茶苦茶売れて、アメリカからCDを数百枚レベルで輸入しても数日で売り切れちゃって。「もう、これもいっそのこと国内盤にしちゃった方がいいんじゃない?ついでに話題になってるHOPES DIE LASTも同時リリースしちまおう!」ていう、これまた軽いノリで日本盤をリリースしたっていうかなりマイペースな運営っぷりでした。そうこうしている内に、とりあえず海外のバンドの音源をライセンスリリースするレーベルとしての立ち位置がいつの間にか出来あがって。
リリースしたバンドの中で、もの凄く印象に残ってるのはオーストラリアのCLOSURE IN MOSCOWですかね。無茶苦茶売れたし、EPをリリースした少し後には、FACTの招聘で来日して日本ツアーして行ったり。メンバーも良い意味で凄くアホで(笑)今でもギターのやつとはたまにメールで近況報告をしあっています。
-Garimpeiro Recordsからは、日本のバンドもリリースされていますが、邦楽リリースを始めたきっかけはありますか?
関口 : 次第にCDが売れない時代が本格化してきて、特に洋楽が本当に冬の時代に突入して。赤字リリースも増えたし、全然売れないタイトルは惨憺たる有様なセールス状況だったりで。STMの売上も年々落ちてきていたので、一旦レーベル業務自体を完全に停止していたこともあったんですよ。1年ぐらい寝かしていたかな。
そんな時、スタートトゥデイ時代からの知り合いの方とひょんなことから繋がりが復活して、その方がもともと音楽大好きで「洋楽が売れないなら、日本のバンドやってみたら良いんじゃないですか?」と仰って。いろいろとサポートもしてくださることになり、それがきっかけで、最初にFEAR FROM THE HATEに声をかけました。
この再会がなかったら、日本のバンドをリリースするどころか、レーベル自体が今は無くなってたんじゃないかと思います。
そこからけっこう立て続けに日本のバンドのリリースが続いたんですが、自分達からCD出させて下さい!てお願いしたバンドって意外と少なくて、ほぼ横の繋がりでリリースが決まっていきました。A Ghost of Flareの1stミニアルバム『鼓動』はうちからリリースしたんですけど、ゆーたろー君が元々FEAR FROM THE HATEでギター弾いてて、彼がFFTHを辞めることが決まった時に、「次はAGOFをお願いします!」って頼まれて、その後の話会いもとんとん拍子で進んで自然な流れでリリースすることになったし、ARTEMAは確かex.FEAR FROM THE HATEのヴォーカルLidy君が紹介してくれたような記憶が……。最初の頃は本当にFEAR FROM THE HATE繋がりから色々発展していきました。
FEAR FROM THE HATE、Ashely Scared The Sky(現MAKE MY DAY)、ARTEMA辺りは、STMのもう一人のスタッフが担当してて、僕個人は当時あまりレーベル仕事をしてなかったんですけど、個人的に初めて声をかけた日本のバンドが、フェク男ことINFECTIONでした。それまでいわゆるピコリーモ系のバンドが多かったので、ちょっと違ったジャンルのバンドも入れたいって考えていた時期だったのと、彼らがちょうど『Letters』をリリースしたぐらいだったのかな?あの曲を聴いて、「何だこのバンドは??」って衝撃を受けて、声をかけてみよう!てなって。
(『Letters』視聴URL : https://www.audioleaf.com/infection/ )
フェク男とA Ghost of Flareをリリースした後、今は別レーベルに移籍しましたが、HONE YOUR SENSEをリリースしました。2013年4月に宮久保君(ex.HELL YEAH!! WASEDA代表 / 現TOPPA!! 編集長)がやった、HELL YEAH!! FEST Vol.3ってイベントに彼らが出演していて、HONE YOUR SENSEでドラムを叩いていた田浦楽君に推されたんですよ。当時、楽君はAGOFでもドラムを叩いていたんで、AGOFを観るつもりでそのイベントに行ったら、良いバンドがいるんですよーってHONE YOUR SENSEのBara君を紹介されて(笑)。
その後はそれこそ楽君がやってるSOUL JAPANとか7YEARS TO MIDNIGHTとか「Story of Hope」とかVictim of Deceptionとか……1ヶ月の間に複数のリリースがある月もあったりで、ひたすらリリースに次ぐリリースって時期もありましたねぇ。最近はリリースの本数が少なくなってきているので、かなり落ちついています。
こうやって見返すと、良く言えば幅の広いレーベルなのかな?と思います。ぶっちゃけ、ジャンルをさほど気にしていない感ありますし。
-Garimpeiro Recordsの大元であるAnchor Works、
そしてGarimpeiro Recordsの姉妹レーベルのMaxtreme Records、Starlit Signal Records、Babystar Recordsはどのような活動をされているのでしょうか?
Anchor Worksについて触れますと、Garimpeirp Recordsと、それ以外の社内3レーベルを統括しつつ、同時に音楽関係の事業を纏める総元締め的な感じですね。うちに所属していないバンドだったり、アイドル等のCDの流通のお手伝いをしたり、マーチ作成のお手伝いだったり、アイドルへの楽曲提要とかもしていたりします。音楽関係の万屋さん的な感じですね。
社内の別レーベルですが、Maxtreme Recordsは某大手路面店レコードショップの名物バイヤーだった人物が主宰しているレーベルです。バイヤー時代にGarimpeiroのリリースの担当をしてくれて、お店でどっかーんとでかい看板をつけて展開してくれたので、レーベル的にはかなりの大恩人ですね。
バイヤーさんでありつつも、他レーベルの主宰さんと組んで、コンピレーションCDを企画・リリースしたりしてて、レコ屋の店員さん時代から凄く目立つ動きをする人だなーて思っていたんですけど、数年前に彼がレコ屋さんを辞めて就職活動をしているって聞いて、じゃあうちで働いてみる?て誘って入って貰いました。
彼のレーベルからはFINCH直系のエモ系バンドSay Hello To Sunshineや、アメリカのポップパンクバンドCAROUSEL KINGS、最近だとDoes It Escape Again x uijinのラウド x アイドル異種格闘技系スプリットなんかを出しています。けっこう彼のレーベルも幅広い感じですね。音的にもGarimpeiroとは絶妙に被らない感じで。
Starlit Signal Recordsは、元々有名なアイドルグループに在籍していたReonaが、アイドルを辞めた後に、バンドをやりたがっているという話がうちに転がり込んできて、彼女が中心になって結成されたAstolightsのリリースをするためにに立ち上げたレーベルです。
AstoLights以降は、GarimpeiroやMaxtremeとはレーベルカラーが合わない、サブカル系やアイドル、、、具体的に言うと、せななんや、Candye♡Syrupっていうアイドル立ちあげ〜所属して今に至っている感じです。
せななんやCandye♡Syrupの曲を提供してくれているのがFEAR FROM THE HATEのKOUICHI君で、彼はレコーディングからミックス・マスタリングまでやってくれるので、ここでも本当に繋がりの力を感じています。
ぶっちゃけこのレーベルが、社内で今一番動きが活発で、
Babystar Recordsは、僕の上司が好きなバンドをリリースするレーベルで、AdeptやBuilt on Secretsなどを過去にリリースしています。ここは上記どのレーベルよりもリリース少なくて、超絶マイペースな感じですね。
–昨今のラウド・パンクシーンで勢いのあるバンド、今後のシーンの流行についてはどのように思われますか?
関口 : 非常に答えづらい質問ですね(笑)。正直言うと、ラウドシーンは停滞期に入っているのかなという印象はあります。
いわゆるシーンのトップのバンドは安泰に見えるんですけど、その頂点にいるバンドのメンツが変わらないから、シーンに新陳代謝が起きていないんですよね。トップを脅かすことが出来る中堅・若手バンドもなかなかおらず、突き上げが無い状態なのが暫く続いてしまっているかなと思います。端から見て好き勝手言ってますが、トップのバンドも色々直面しているのかもしれませんけどね。
そんな中、Crystal Lakeは元々ニュースクールHCのシーンから現れて、メタルコアやラウド系のリスナーの間にも浸透して、今やシーンのトップに食い込んだと言って過言じゃ無いですよね。あの音で、あそこまで頑張ってくれている、正に希望の星的な存在だと思います。それこそ、Crystal Lakeが10月に開催したTRUNE NORTH festivalとか、バンドマンやリスナーにとって、すごく良い事だと思いますし、ああいう機会を設けてくれるバンドがもっと増えれば、面白いシーンになるきっかけの一つになると思うんですけどね。
それに続くのは、CLとはテイストが違いますけど、Survive Said The Prophetかなと思います。この2バンドが頑張って若いバンドをフックアップしてくれれば、シーンに変化が訪れるのかなのぁと思います。希望的憶測でもありますけど。
同時に、まだシーンの停滞は変わらないかなという思いもあって。2010年前後に新宿Antiknock辺りでライブやっていたバンドって、みんなクドいぐらいにギラギラしていて、仲間なんだけどお互いを凄くライバル視しあっていて、バチバチで刺激し合ってるのが伝わる印象が強かったんですけど、そういった意味で最近の若いバンドって大人しいのかなぁって思っちゃう部分があります。もっと自己主張というか、アピールするべきところはアピールして欲しいというか。むしろそういうのが一番大事なんじゃないの?ていう気がして。
昔と比べたら機材は圧倒的に良くなっているし、演奏がもの凄く上手いバンドも増えているんですけど、それだけじゃなくて、+α的な部分をもっと模索して欲しいですね。個性を上手いこと産み出し切れずに埋もれてしまっているバンドが凄くたくさん見受けられる気がして、凄く勿体無いと思います。
とはいえ、当然良いバンドも存在しているわけで、東京だとSECONDLOW、Sable Hills、abstracts、Castaway、See You Smileあたりは今後何かやってくれそうな気がします。この間行ったライブで初見だったんですけど、Davinciもポテンシャルを凄く感じました。ラウドとはちょいかけ離れているかもですが。
地方のバンドだと、この間スプリットをリリースした秋田のHold Out Hopeはチェックすべきバンドだと思います。あと九州のPORFIDIOとかも面白い存在かと。
–今後のリリース・所属バンドの予定をお教え下さい。
関口 : 直近のリリースに関しては、現在ANCHOR WORKSがらみでの、所属外のアーティストの流通等のお手伝いが多く、Garimpeiro Recordsに関しては今は特に決まっていないです。
少し前になりますが、最近Garimpeiroでリリースした中でオススメのバンドは、今年10月にリリースしたMAMYですね!「Story of Hope」やArtfilmのメンバーが在籍するバンドですが、J-ROCKやポップス、アニソン系の要素を取り入れたサウンドで、手前味噌にはなりますが、かなり良い感じのバンドです。何より歌が上手いので是非チェックしてみてください!「ヒジュラ」っていう曲のカラオケ配信も始まっていますので、そちらも是非!
今後に関しては、またちょこちょこ面白いアーティストのリリースがあると思いますので、引き続きチェックして頂ければ嬉しいです!
会社としての直近のリリースとしては、さっき挙げたすずちゃんの
–最後に、これから音楽業界で働いてみたいキッズへのメッセージをどうぞ。
関口 :レーベルに焦点を絞って言うと、CDを売って儲けるという考えを持てない時代になったなと思います。
うち以外の既存のレーベルさんも、特にインディーのメーカーさんは、CDでどうこうってのはもう一切考えていないでしょうね。メジャーなら今でも数万枚レベルで売れるタイトルが年間いくつかあるだろうから、インディーとは視点が若干違うのかもしれないですけど、僕自身メジャーで働いた経験が無いので、メジャーの方がどう考えていらっしゃるかは分かりません。
海外のレーベルは何年も前から完全にCDで儲ける時代じゃないって言ってますし、iTunesみたいなデジタル販売も既に古いみたいですね。今はSpotifyのような、定額制の聴き放題系のやつを主力に据えて注力しているらしいです。
CDに拘らない、何か他のことをやってみるのも良いかもですね。とりあえず何か音楽関係のことを頭に浮かべてみて、そっから色々と掘り下げて考えていけば、何か思いつくことはある気がしますし。全く音楽とは関係ないことから考え始めてもいいかもしれません。既存のやり方が通用しなくなっているので、ある程度頭の柔らかさは必要だと思います。
あと、この業界の実務は地味なことが多いです。言い換えるなら、ほぼほぼ普通のサラリーマンだけど、仕事が音楽関連っていうだけです。学生の方は休み期間にインターンシップを活用して働いてみたり、バンドや地下アイドルのスタッフをやってみたりとか、試しに触れてみて自分に向いてるかいないか判断してみるのも良いのではないでしょうか。
「音楽が好き!」という軽い気持ちや、好きなバンド・シーンと関わった仕事をしたいという気持ちだけでは、正直やっていくのがしんどいので、本当にやってみたいと思う人はある程度覚悟して臨んだ方が良いと思います。下調べをしてみたりとか、周りに業界で働いている人がいたら、実際に会って話を聞かせてもらったりとか。ただ好きなだけだと、到底続けられない仕事だと思います。心が折れることも何かと多いので(笑)。
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