木村 和亮(Kazu / キムニー) インタビュー

木村 和亮(Kazu / キムニー) (読み方 : きむら かずあき)
Twitter : https://twitter.com/Kazu_TITE
YouTube(this is the end) : https://www.youtube.com/user/xxxThisIsTheEndxxx

音楽アーティストにとって、自身が表現したい物を伝える手段は様々存在する。例えば、音源なりライブなりSNSであったり……その中でも、MVやライブ映像は今も昔も変わらず、音と視覚の両方で彼らの想いを伝えてくれる。今回ご紹介する木村 和亮(愛称 : Kazu / キムニー)氏はそんなアーティスト達の生き様を具現化する映像ディレクターだ。過去、ARCH ENEMYやCARCASS等の洋楽デスメタルから、CONVERGEやCOCOBAT等のハードコア、MY FIRST STORYやKEYTALK、そこに鳴る等の邦楽ロック、そしてももいろクローバーZや有安杏果等のアイドルの映像作品も手がける木村氏。彼が映像を撮り始めたのは30代からと、世間一般的に見れば遅咲きの部類に入るが、活動をスタートしてから現在に至るまで、濃密なキャリアが余すところなく刻み込まれている。

今回、SHIBUYA CYCLONE店長/COCOBAT Gt SEIKI氏のご紹介もあり、木村氏に初の単独インタビューを実施した。彼の生い立ちから現在に至るまで、そして彼自身の映像に関する信念等、デスメタルからアイドルまで幅広く、かつ濃く手がける木村氏の全てについて、余すところなく話を伺った。

取材・文・編集・写真 / 宮久保 仁貴


 

-それではまず最初に、木村様の自己紹介をお願いします。

 

木村 : 僕は栃木県宇都宮市出身で、学生時代は医療関係の専門学校に通って、元々は医療関係の仕事をしていました。
自分の中でのターニングポイントは小学四年生のときに担任の先生がLOUDNESSのコピーバンドをやっていたのが大きかったですね。担任の先生にOZZY OSBOURNEのLPを借りたりしていました。それと同時期に僕の兄もメタルを聴いていたのもあり、小学四年生からずっとメタルを聴いていましたね。今43歳ですけどずっとメタル聴いています(笑)。
自分の人生の色んな節々にメタルはずっとありますね。

 

-現在は映像業界でお仕事を行われていらっしゃいますが、転機となったのはいつぐらいになりますでしょうか?

 

木村 : 映像業界に入ったのは32歳の時で、何もツテがない状態で飛び込みました。それまでは毎週末ライブハウスに通い詰める所謂普通のお客さんで、新宿Antiknockや今は無くなってしまったんですけど、渋谷のGIG-ANTIC、新宿の旧LOFTに通っていました。そこでバンドマンと仲良くなって、最初は趣味でライブの写真を撮らせてもらったりしていたのが、徐々に映像の方に興味を持つようになりました。その間にハードコアパンクに特化したFANZINEを5,6冊ぐらい作ったりしていて、更に興味が深まり自分で映像作品を作りたいなと思うようになりました。

それと同時期に、TERROR SQUADというバンドでVIDEO&SAXという役割でライブ映像を撮りながら要所でサックスを吹くという変わった役割で参加させてもらったりしました。

 

-個人的にこの取材をする前、映像関連とは別に木村様のお名前を見かけた気がしていて……TERROR SQUADに所属されていたという事でピンと来ました!

 

木村 : そうなんです(笑)。ヨーロッパツアーにも連れていってくれて、貴重な体験をさせてもらったので、バンドにはとても感謝しています。僕より年上なのに精力的に活動していて本当に尊敬しています。

それで、当時は作品を作りながら生活していければいいかなと思っていました。でも上手くいくはずもなくバイトで生計を立てながら映像を撮影して、作品を詰めて行くという感じで活動していました。正直キツかったですね。
その当時はフットワークの軽さくらいしか武器が無かったので色んなライブハウスに行ってバンドのライブを撮らせてもらっていました。
多い時で年間130本近くライブ映像を撮らせていただきました。

そんな中WRENCHというバンドのスタッフの方と仲良くなって、レーベルの垣根を越えた飲み会があるということで誘われて行ったのですが、そこでONE OK ROCKのスタッフの方と出会いまして、意気投合して話し合ってライブ映像を任せてもらえることになりました。その頃のONE OK ROCKはもちろん人気だったのですが、まだ渋谷Club Quattroをソールドアウトさせるぐらいの規模のバンドでした。そこから3年くらいかな、彼らと一緒にいて、最終的に武道館まで連れて行ってもらいました。今でもずっと彼らには感謝しています。本当にその3年があったから今があるのだなと思っています。

それと並行してUNITEDの故・横山さんに声をかけてもらってUNITEDのライブも撮影するようになりました。元々TERROR SQUADをやっているときに出会っていて面識はあったので。

ONE OK ROCKとの仕事が終わったのが2010年で、その後MY FIRST STORYと出会い、彼らの3回目のライブ(イベント)の時、初めてのMV「take it back!!」を撮りました。

 

 

そのMY FIRST STORYが出演したイベントに来ていたUNITEDの横山さんからPay money To my PainのK(Vo)さんを紹介してもらったりして、そこから人との繋がりで段々と映像を撮らせてもらえる土台が作られて行った感じですね。少しずつですが仕事も軌道に乗ってきて、ARABAKI ROCK FEST.の仕事をもらえて、もう8年連続で撮らせてもらえています。他のフェスではKEYTALKの小野武正 (Gt)くんと仲良くなって、その直後のKEYTALKのツアーを撮影させてもらえて、そのまま3〜4年関係が続いていますね。

 

-そこから洋楽メタルの撮影も行われる様になったかと思うのですが、こちらのきっかけを教えて下さい。

 

木村 :元々はRELAPSE JAPANのJUMBOさんが声をかけてくれて、EXTREME THE DOJOに出演するRELAPSE所属のアーティストのライブを撮影していました。BRUTAL TRUTH、Cephalic Carnageなどその時に撮らせていただいていて、その後TROOPER ENTERTAINMENTの宮本哲行さんに声をかけていただいて、なぜかその時、メタルに特化した撮影チームを作りたいなというアイデアが生まれて、友達のカメラマン、ディレクターなどを呼んで「this is the end」を結成しました。

 

this is the end YouTube Channel : https://www.youtube.com/user/xxxThisIsTheEndxxx

 

名前の由来は「今日しか撮れない映像を撮る」、「今日が人生最後のつもりで撮る」みたいなニュアンスで、最終的にはCONVERGEというバンドのNate(Ba)に二択の中から決めてもらったっていう感じです。
それで最初にチームで撮ったのがARCH ENEMYの来日公演でした。前任VoのAngela Gossowのラストツアーで、それがMichael Amott(Gt)との最初の仕事でした。撮影した映像を見たMichaelが「これがライブハウスだ!」と気に入ってくれたそうです。その映像は「Astro chaos」という作品に収録されています。それからMichaelがバンドで来日するたびに映像を撮らせてもらっていて、毎回「Sugoi!!」とか感想をくれます(笑)。Michaelは本当にナイスガイですよね。その後、一番嬉しかったのが過去にMichaelも在籍していたバンドのCARCASSのMV 「The Granulating Dark Satanic Mills」 (https://youtu.be/wu6gGulJFmw)をオフィシャルで監督させてもらえたときですね。宮本さんには感謝してもしきれないくらい嬉しかったです。自分の活動の中でもハイライトになっています。

あと、この「this is the end」のロゴは、COCOBATの坂本さん(≒TAKE-SHIT(Ba)) にデザインして頂いたんです。僕がファンジンをやっていた頃も取材を受けて頂いたり、上京して来た頃からCOCOBAT大好きでライブ通っていたし、ライブ映像を撮影させていただいたり……本当に昔からお世話になっています。ロゴの話に戻りますと、せっかくチームを作ったし、一目で分かるデザインが欲しいなと思い、坂本さんにロゴ描いてもらったんです。素晴らしいデザインで、”筆スラッシュ”と言う坂本さん独特の手書きフォントです。この前、僕の名前も坂本さんに描いてもらいました。
好きが実った形というか、この時は感動しました。そして、僕自身坂本さんのプレイが好きですし、SEIKI(Gt)もHIDEKI君(Vo)もずっとCOCOBAT頑張っているし、そういう人たちのためにも自分の活動も頑張ってロゴを広めていきたいなと思います。

話は邦楽の話に戻りまして、これもUNITEDの横山さん関連の話になるんですが、知り合いの映像業界の方からメタルの編集仕事をやって欲しいと頼まれたんです。詳細を聞くと、X JAPANのhideさんの映画(JUNK STORY)の中で使うためのライブ映像を再構築して欲しいという依頼でした。その映画のスタッフミーティングの時に、「どういったバンドの映像を撮られているんですか?」と聞かれてUNITEDの名前を出したら、「あの横山さんがやっていたUNITEDですか?」と言われました。実はhideさんと横山さんは幼馴染で一緒に遊んでいた仲なんですよね。それを聞いた時はこんな繋がりもあるのだな、横山さんに導かれたんだなと思いました(笑)、その映画の編集の仕事はそれまでやらせてもらっていたバンドのドキュメンタリーなどの作品よりずっと厳しい仕事でとても勉強になりました。

その後、その映画のプロデューサーから木村さん監督で映画を作りましょうという話が来て、それがMY FIRST STORYの映画『Documentary Film -全心-』だったんです。

そのストーリーはMY FIRST STORYのメンバーが憧れていたPay money To my PainのK(Vo)さんも絡めた一本筋の通った作品にして欲しいという話で。Kさんは横山さんの紹介で会わせていただいていたので、プロデューサーの方と「また横山さんが出てきましたね(笑)!」という話をしました。しかもMY FIRST STORYが出演したイベントで横山さんにKさんを紹介してもらった日付からちょうど5年経った日に武道館でライブをするっていう作品だったんですよね。そこにはどうしてもストーリー性を感じてしまいました。

そんな感じで、今は一人のディレクターとしてアイドルからデスメタルまで撮影して編集させてもらっています!長くなっちゃってすみません(笑)。

 

-これでもう、一つのインタビューが完結しちゃったような感じがありますね(笑)。そして、要所にUNITEDの横山さんが出てきて繋がりを感じますね。

 

木村: なんだかんだで、あの人には本当に頭が上がらないです。UNITEDとはこれからも作品を作っていく予定です。

 

-わかりました。では木村さんのクリエイターとしてのルーツを教えてください。

 

木村 : ライブ映像で言うとMETALLICAの「LIVE SH*T : Binge&Purge」というVHSのボックスセットの作品があるんですけど、その作品が凄すぎて、大好きで、道に迷った時はそれを見たりしています(笑)、あとは当時たまたま見た倖田來未の1stライブDVDがすごくカッコよくて、その監督さんとたまたまフェスの現場でお会いできてお話しさせていいだけて、その後仕事もご一緒させていただけて、自分の中で貴重な経験になっています。あと、これもメタルの面白いところなのですがメタルとは程遠いグループのコンサート映像を編集してほしいということで監督さんに会いに行って話をしたら先ほどのメタリカの作品が好きで、しかもBOLD FAT MISSILEのkuma(Ba)さんの幼馴染で、「一緒にRATTの来日見に行ったよ!」みたいな話にもなって(笑)。「世間は狭いな〜!」と思いました。その監督さんと一緒にやらせていただいた矢沢永吉さんの映像作品がありまして、その三本が自分の活動の根幹になっています。

あと一つ挙げるとしたら、ハードコアバンドのCONVERGEの映像作品(THE LONG ROAD HOME)が好きですね。97年ごろに原宿のUP STATEという洋服屋のスタッフさんにCONVERGEを教えてもらってからずっと大好きで、その当時「CONVERGEのライブ撮らせてもらえたら、この仕事辞めてもいい!」って吹聴していたくらい好きだったんです。そしたら先ほど名前が出たNate Newton(Ba)が別でやっているDOOMRIDERSってバンドがいて、それが2006年に下北沢Shelterで来日公演を行った時に偶然対バン出来て仲良くなって、その後2007年にCONVERGEが来日した時に対バンがenvyだったのですが、envy伝いに撮影を依頼したらOKしてくれて、envy撮れて嬉しいのに、更にCONVERGEまでって、、相当嬉しかったですね…そこからCONVERGEとは普通に連絡取れるような間柄になりました。彼らの最新映像作品(THOUSANDS OF MILES BETWEEN US)の来日公演映像を監督させてもらったりもしています。

 

-人生何があるか分かりませんね!木村様は過去、先述のMY FIRST STORYやKEYTALKからBRUTAL TRUTHやUNITEDまで様々なアーティストの映像作品を撮られていらっしゃいますが、心がけていることがありましたら教えてください。

 

木村 : 「極端」である事ですかね。カッコいいものをカッコよく、可愛いものを可愛くっていうのは撮りながら常に考えています。映画を作ってからそれは更に強くなりました。振り切れている作品を作りたいなと思いながら撮っています。迷いがある中途半端なものは伝わらないと思うので。

 

-それでは、クリエイターという仕事をやっていて、良かったことと悪かったことを教えて下さい。

 

木村:自分が昔から憧れている人たちに出会えることや、思い描いていた夢を叶えることのできるという点が良い点だと思います。悪い点は死ぬほどいっぱいあるんですけど(笑)。あと、アーティストの方々はやはり個性的なのでコミュニケーションがうまく取れなかったりすると現場でとても辛い思いをしてということはありましたね。そう考えるとやっぱりONE OK ROCK、MY FIRST STORYとの仕事はすごく楽しかったですね。

 

 

-近年の活動の中で、印象深かった出来事を教えてください。

 

木村:近年だとやっぱりMY FIRST STORYの映画を監督できた事ですね。自分が東宝の一番大きなスクリーンに立って舞台挨拶をするとかこの仕事を始めた当時は考えたこともありませんでしたから。まず第一にメンバーに感謝しているのと、もちろん僕一人の力で立てるものではなかったので、見えないところでたくさんのスタッフが頑張って完成まで漕ぎ着けてくれて感謝してもしきれないくらいです。そして何より両親に見せられる作品になって良かったと思います。

 

-その中でも、木村様が撮影して来た中で感銘を受けた”現場”を教えてください。

 

木村:Church of MiseryやTROOPER宮本さんの現場は毎回感動しますね!それこそ宮本さんの現場はARCH ENEMYやBLACK EARTH、CARCASS、Emperorなどなど、聴いて育った人たちを撮って監督するのでかなり感動します。
あとはKEYTALKやMY FIRST STORYもそうですけど、小さいハコでやっていたグループが大きな舞台でやれるようになる過程を撮っているとやっぱり感動しますよね、過去のことを思い出してライブ中に泣いてしまったりもします。MY FIRST STORYは号泣しっぱなしで武道館を撮っていましたね(笑)
この前アラバキロックフェスで撮ったBUCK-TICKも凄かったですね、撮りながら鳥肌立ってました。運良くお仕事いただけたバンドはみんなステキなバンドばかりで感銘を受けています。

あと、先日TOPPA!!さんのインタビューにも登場していましたが、そこに鳴るさんですね!

 

そこに鳴る インタビュー | TOPPA!! : https://toppamedia.com/interview-sokoninaru/

 

彼らは大阪出身なんですが、KEYTALKと仕事をしていた関係でレーベルオーナーのKOGA RECORDS古閑さん、斉藤さんにご紹介頂きました。元々古閑さんはメタルがすごく好きな方で意気投合して、木村さんにならこのバンドを任せられるということで、そこに鳴るのメンバーの鈴木くんを紹介してもらいました。楽曲を聴いたときにものすごい手数のバンドだな!と思って、鈴木くんと打ち合わせたときに「演奏一つで押し切りたい」という結論になったんです。それまでのMVを見ても曲も映像も完成度が高すぎてこの仕事、僕にできるのかな?と思ったくらいでした。
いざ撮影になって、目の前で演奏しているんですけど、各メンバーがとんでもないフレーズを軽々と弾きこなして見せるんですよね、正直こんなバンドがいるのだなと思いました。驚がくでしたね。撮り終えた瞬間は僕の中で手応えがあってメンバーに「再生回数30万回目指そう!」って話したのですが謙遜されて(笑)。
そしたら公開して1ヶ月で30万回行きましたし、もう50万回再生も越えたとの事で、(もうすぐ70万回)この映像がバンドのターニングポイントとなって、更に大きなステージへ進んでもらえたら嬉しいですね。そして、この映像をCOCOBATの坂本さん、SEIKIが褒めてくれたのも嬉しかったです(笑)。

 

 

-それでは、近年の映像クリエイターシーンについて思うことを教えてください。

 

木村:音楽に限って言えば、割と最近頭角を現してきているバンドにとって、このバンドならこのディレクターみたいな流れが強くなってきていると思いますし、そういう見方が面白いですね。あのディレクターはこういう手法で来るのか!とか、今度はこういう感じなんだ、とか。より関係性が濃い方が、見ているこちらとしては面白いですね。逆にディレクターはかなり頑張らないと個性が出ないというか、女の子が出て来てニコニコして終わるMVとかいい加減見飽きてるので(笑)そういう意味では面白いシーンになってきているかと思います。
あと、アニメも見ることがあるのですが、「ポプテピピック」はすごく斬新でしたね。あれは毎回、話の前に制作チームの名前が出て来て、「このコーナー俺作ってますけど、何か?」ってそういう有無を言わせない男気なところが面白いと思います(笑)

 

-本日はお忙しい中、お時間頂きましてありがとうございました!最後にこれから映像業界で働きたいと思ってる人たちにメッセージをお願いします。

 

木村 : 先ずは自分を信じること、自分の好きなものを信じること。この二つが出来ないとこの仕事はできないと思います。何かを好きになることは誰にでも出来る事だと思うんですけど、それを信じる事が大事だと思います。妥協があってはいけない世界なので。自分の特技は何だと言われたときにすぐにそれが答えられるようにしておく事、自分のやりたいことを口に出すことも大事だと思います。言霊の力って絶対ありますからね。CONVERGEも自分で言っていたら撮れましたし、MY FIRST STORYも武道館のタイミングで撮影することになりましたから。時間はかかるかもしれないけれど、信じてやり続ければそこに繋がると思います。