(株)ケイピーエス 代表取締役 / 京都GROWLY オーナー 角田恭平(a.k.a こども社長) インタビュー

(株)ケイピーエス 代表取締役 / 京都GROWLY オーナー 角田恭平(a.k.a こども社長) インタビュー

角田恭平(読み方 : つのだきょうへい)
Twitter : https://twitter.com/kyoopees
BLOG : https://www.kyoopees.net/

京都GROWLY
HP : https://growly.net/
Twitter : https://twitter.com/kyoto_growly

 

関西のライブシーンにおいて、数々のライブハウスを有する土地”京都”。それぞれ特色を持ったユニークな会場が存在する中、2012年”GROWLY”がオープンした。GROWLYは立ち上げから現在に至るまで、数多くのアーティスト達が出演してきた京都を代表する登竜門的ライブハウスだ。

このライブハウスを語る際、ある一人の人物がキーパーソンとなる。それが、恭平a.k.a こども社長こと、(株)ケイピーエス 代表取締役 角田恭平氏だ。自身の音楽活動/裏方業務を突き進めた結果、現在GROWLYの運営を筆頭に(株)ケイピーエスを立ち上げた角田氏。

今回、10代後半から現在に至るまで、京都の音楽シーンの表舞台/裏方を見続けてきた角田氏に対し、彼の生い立ちや音楽的背景、GROWLY立ち上げのきっかけ等を聞くべく、メールインタビューにて話を伺った。

文 / 角田恭平 編集 / 宮久保仁貴

 


 

-TOPPA!!初登場という事で、改めて角田様の自己紹介をお願い致します。

 

角田 : 初めまして、恭平 a.k.a こども社長こと角田です。現在34歳独身、性格的には明るい方です。九州のど真ん中、熊本県で生まれ育ちました。何と最寄り駅まで自転車で40分、その最寄り駅も無人駅という超ド田舎でした(笑)。

 

ちなみに、角田様が初めて購入された音楽は一体何だったのでしょうか?

 

角田 : 小学生の時に初めてCDを買いました。スピッツのシングルの『ロビンソン』です。邦楽では、初めてロビンソンを買ってからずっとスピッツが大好きです。新譜が出るたびに買っています。そして、中学まではテレビのヒットチャートから音楽を知り、TSUTAYAのCDレンタルで借りたCDをカセットテープに録音するのが趣味でした。

その後、中学の時に本屋のCDコーナーでジャケ買いしたHi-STANDARDの『MAKING THE ROAD』に衝撃を受け、そこから英詩のパンクにハマりました。SNAIL RAMP、SCAFULL KING、POTSHOT等の邦楽スカパンクから、GREEN DAY、THE OFFSPRING、SUM41等の洋楽パンクを聴きあさりました。今考えたらパンクが好きなベタな少年だな〜と思いますが、当時周りにこういうバンドを聴く友達はほとんどおらず、そして田舎過ぎて情報も入って来ないし、CDショップも無いし、当時はかなりレアな趣味を持つ少年でした。

ちなみにハイスタを買った本屋さんにはパンク系はあまり置いて無く、電車を使って片道2時間かけて熊本市内のCDショップに行くのが楽しみでした。

 

そこから実際プレイヤーとしても活動される訳ですが、こちらのきっかけを教えて頂けますでしょうか?

 

角田 : 音楽を聴くの同時に、プレイする事にも興味を持ち始めました。そして、中学の時にお小遣いをはたいて初心者用のドラムセットを購入し、文化祭にX JAPANのコピバンで出演しました。それと同時期に地元の夏祭りにも地元の中学生バンドということで出演しました。当時はhide、SIAM SHADE、GLAY等のソフトビジュアルバンドが周りで流行っていたので、友達の影響でそれらをコピーしたりしてました。ただ、高校に入ってからは、進学校だった事もあり、バンドに触れる事はほとんどありませんでした。

プレイヤーとしてはそんな形で、ライブハウスにお客さんとして足を運んだのは高校生の時だったんです。当時ハマっていたSTOMPIN’ BIRDがHAWAIIAN6のSOULS TOURで来るという事で、友達のお兄さんが誘ってくれて3人で行くことになりまして……熊本DRUM Be-9に行ったのが僕のライブハウスデビューです。

 

その後、大学進学後の音楽ライフは如何でしたか?

 

角田 : 音楽に触れたかったのと、大学のサークルでバンドを組みたかったのも有り、京都にある立命館大学に進学、引っ越しました。軽音楽部に所属し、「月に1回くらい趣味でライブできたら良いな〜」と、オリジナルを作る気もあまり無かったんですが、音楽趣味が合ったメンバーとL.A.SQUASHというバンドを組みました。

 

 

そしたらサークルの先輩が「WHOOPEE’Sというライブハウス借りてイベントやるから、1年生のバンドも出てよ!」ということでライブハウスWHOOPEE’Sに出演したんです。出演後、怖いライブハウスの怖いお兄さんに「君たちオリジナルやらないの?オリジナル作ったらブッキングでも誘うよ?」と言われ、オリジナル楽曲を作る事にました。その怖いお兄さんが、山田さん(現:西院GATTACA店長)です。

そんなこんなで、家から自転車で行ける距離にライブハウスがある環境にテンションが上がりまくりましたね。オリジナル楽曲を作り、ライブハウスで活動し始めた当初から毎日の様にライブハウスに通い詰めます。

当然の様に知り合いが増え、各ライブハウスでも顔を覚えられ始め……そこで当時滋賀B-FLATと京都WHOOPEE’Sでイベント制作をしていた赤士さん(現:滋賀U☆STONE店長)に誘われて、大学1年の時からイベント制作の仕事を始めることになりました。

 

大学1年生からどっぷり音楽ライフに浸かられていらっしゃいますね!当時角田様がリアルタイムで聴かれていらっしゃった音楽はどの辺りのジャンルだったのでしょうか?

 

角田 : 大学に入ってバンドを始めてからは、洋楽エモやスクリーモにハマりました。SOMETHING CORPORATE、THE USED、STORY OF THE YEAR等です。その後、OWL CITYやTAHITI80等の洋楽ポップも聴きました。日本のバンドでは、対バンするバンドのCDをよく聴いてました。特に影響されたのはTOTALFAT、for better,for worse(現グッドモーニングアメリカ)、LIDLESS TOYBOX等です。

 

なるほど、ありがとうございます!それでは活動の話に戻りまして、L.A.SQUASHの活動はその後どのようになりましたか?

 

角田 : バンド活動が本格化し、L.A.SQUASHはRX-RECORDS(UK PROJECT)からCDリリースすることになったんです。バンドと仕事の両立が難しくなり、ライブハウスの仕事を一旦辞めたのですが、バンド脱退を機にWHOOPEE’Sに戻りました。その後も別のバンドでバンド活動をやりつつも仕事を続け、26歳の時にWHOOPEE’S店長を務めることになりました。WHOOPEE’Sをもっと良くしたいと頑張っていた矢先、ビルの都合で突如閉店を余儀なくされ、2011年8月25日に、WHOOPEE’Sは閉店しました。

当時、独立する事は全く考えていませんでしたし、WHOOPEE’Sが閉店した事で、音楽業界から身を引く事も考えました。しかし当時27歳の僕には、音楽業界で積み上げて来たものしか残っていなかった事、WHOOPEE’Sが無くなって居場所を無くしたバンドがいた事、さらにはWHOOPEE’Sで達成出来なかったことを達成するために、同年11月24日に株式会社ケイピーエスを設立し、2012年4月にGROWLYをオープンさせました。

現在はGROWLYの他にも練習スタジオAntonio、CURRY & BAR 240、三重県鈴鹿市のライブハウスANSWERの4店舗を経営、DAYRIGHT RECORDS名義でバンドのリリース、京都大作戦牛若ノ舞台の制作等の外部制作をやっています。

 

現在数ある京都のライブハウスの中でも、精力的に運営されていらっしゃるGROWLY様ですが、このライブハウスを一言で表すならどのようなライブハウスだとお考えですか?

 

角田 : 「頑張ってるバンドが出ている場所」にしたいと考えています。ジャンルでくくるつもりはありません。あえてくくるなら「ロック」でしょうか。京都の登竜門的ライブハウスにしたいと考えています。

 

角田様はGROWLYのオーナーですが、経営者視点からライブハウスを運営する上で意識されていらっしゃる事を教えて下さい。

 

角田 : ざっくりと言えば……「ちゃんとしたい」とは思っています。福利厚生、勤務時間、税金、法律、地域住民との共生等、イチ会社として胸を張れる様な会社にしたいと思って経営しています。まだまだその目標に向かってる途中で、どれも不十分ですが、頑張っていきたいと思っています。

 

現在、GROWLYをライブハウスを運営される上で、良かった点、苦労した点を教えて下さい。

 

角田 : 良かった点は沢山あって難しいですが……知り合いが多くなる事ですかね。幅広く色んな方との繋がりが出来る事は有り難いですし、重要だと感じています。

苦労した点は……毎日苦労の連続です(笑)。先ほど述べた様な、「ちゃんとした会社」としての目標に達する事はなかなか難しいです。経営は本当に難しく、理想と現実のギャップはあるし、僕の理想がなかなか伝わらなかったりします。というのもあって、最近は個人でWEBマガジン(ブログ)を始めました。もし宜しければ、是非見てやって下さい。

こども社長の魔法のブログ : http://www.kyoopees.net/

 

-GROWLYは京都に位置しますが、京都という地でライブハウスを運営される上で、日々感じる事を教えて下さい。

 

角田 : 京都は学生の街なので、学生バンドが多いです。そして、メンバー全員が京都出身というバンドはかなり少ないです(※かくいう僕も、熊本から進学で京都に来た身ですし。)

ということは、バンドを始める多感な時期の若者が全国から集まり、全国に羽ばたく起点になる場所だと考えています。なので、京都の登竜門のライブハウスがしっかりすることは、日本の音楽シーンにとって大切な事だと思います。

それと、京都は神戸と並んで、関西の第二都市です。関東でいう、東京に対しての神奈川や千葉と似てると思います。正直、人口密度や都会度で言えば、京都は大阪には勝てません。だからこそ、京都としての個性をもっと出していくべき土地だと考えています。

 

角田様個人の話となりますが、京都大作戦の牛若ノ舞台の制作チームの一員でもいらっしゃいますね。こちらを始められたきっかけを教えて下さい。

 

角田 : 京都大作戦が実際に開催された2008年から、牛若ノ舞台の制作チームとして参加させて頂いています。

これは、牛若ノ舞台を制作するにあたって「自分たちが育ったKYOTO MUSEとWHOOPEE’Sのブッカーの目と耳を信じたい」という申し出を10-FEETメンバーから頂いて、当時WHOOPEE’Sのブッカーとして働いていたので参加させてもらいました。WHOOPEE’S無き後、GATTACA、octave、GROWLYと分かれたため、毎年この時期は”チームWHOOPEE’S”として集まる形です。

 

話は変わりまして、最近角田様が聴いた/触れた中で感銘を受けた方・物を教えて下さい。

 

角田 : バンドやCDでってことですよね?「感銘を受ける」ということは「忘れられないほどに深く感動し、心に刻みつけること」という意味ですもんね……となるとごめんなさい、最近は特にありません。

というのも、私が触れるバンド・音楽は、”これから”というアーテイストがほとんどです。”感銘を受ける”という程のバンドは、自分が今まで触れて来たものより「はるかに上」でないと感銘は受けないと思いますので、現在の私の仕事の範囲ではそういう刺激は少ないです。かといって、仕事にやりがいが無い訳ではないです。

ただ、勿論「お、こいつら頑張ったら今後良くなるかも?」というバンドはもちろんいます。システムとかやり方とか、そういう面で刺激を受けたり、新しいなぁと思う事はちょいちょいあります。

 

 

 

 

って書きましたが、一つ思い出しました。

GROWLYでは毎年年明け一発目のイベントは僕主催のサーキットイベントを毎年開催しています。元々は京都のLABRETと共催で「B.S.P」というイベントを3年続けたんですが、2017年からは僕単独主催の「BREAK OF THE YEAR」という名前でやっています。(※イベント名はSTORY OF THE YEARから拝借しました。)

 

 

もちろんいろんな理由・目的がありますが、「京都のバンドシーンを活性化したい」という狙いがその中の一つにあります。「B.S.P」の時は、2DAYSともトリはLABRETにやってもらってたのですが、LABRETのドラム脱退を機に、主催を僕単独に変えた為、トリを任せられる京都のバンドがいなかったんです。なので2017年のBREAK OF THE YEARの一日目は東京の39degrees、二日目は横浜のSPACE BOYSにトリを務めてもらいました。

 

 

 

2日目のトリのSPACE BOYSがライブのMCで「来年は僕らじゃなくて京都のバンドにトリを務めてもらいたいです」って言った途端、何故だかわからないけど涙が止まらなくなって。基本的に、僕は映画等を見ても泣けないドライな人間なんです(笑)。泣きそうにはなることはあるけど、実際に涙が流れた事は一度も無いんです。ライブを観ても、泣いた事は無いんです。だけどこの瞬間は何故か涙が止まらなかったですね。後から推測すると、LABRETが活動止まり、でも毎年正月にこのイベントを開催して来たので僕自身は続けたい。だけど任せれるバンドもいないし、イベント制作から運営まで一人でこなしてて……そんな二日間のトリに、SPACE BOYSに核心を突かれた気がしたんでしょうね。音楽に感動したというよりも、人間的に感銘を受けたと言うか。よくわかりませんが(笑)。

というわけで、最近「忘れられないほどに深く感動し、心に刻みつけ」られたイベントは、2017年1月6日の「BREAK OF THE YEAR」です。

 

非常にエモーショナルな逸話ですね!今後の京都のシーンの盛り上がりに期待します。それでは、近年の音楽シーンについて、角田様が思う所を語って下さい。

 

角田 : 普段の音楽の聴き方、それこそ家や移動中等、どんどん形が変わって来ています。しかし、ライブハウスでの”生”での音楽への触れ方は、より希少価値を増していきます。ライブが重要になっていきます。バンドマンはライブを重視しましょう。

そして、動画コンテンツでの配信をもっと意識した方が良いと思います。動画の”クオリティ”勝負はある程度の所に来ました。次は”頻度”と”内容”が重要です。SNSを使って、誰でも動画を配信する事が出来る時代になった反面、一つの動画が埋もれやすくなっています。だからこそ、頻度と内容に気をつけつつ、動画でファンを増やしつつ、ライブハウスに落とし込む。バンドマンはこの流れを意識すべきだと思います。

話は変わりますが、アーティストにとって、「無料の多用」は危険です。なんでもかんでも無料にすると、無料が当たり前になってしまいます。無料から有料への復帰は難しいです。「まだ知名度が無いから……。」とか、「最初だから……。」とかで無料を使ってしまうと、戻れなくなる可能性があります。絶対に使うな、とは思いませんが、多用は危険です。

 

-GROWLYとしての、そして角田様個人としての今後の目標をお教え下さい。

 

角田 : GROWLYとしての目標は、今まで以上に、「京都の登竜門」としてのライブハウスで在り続けたいですね。「まずはGROWLYを埋めてから」次のステップに行って欲しいです。そしてそのようなライブハウスとして、これからもっと認知されたいです。

個人としての目標は、会社をより安定させ、新事業を増やしていきたいですね。年内には新店舗(飲食店)を出す予定で進めています。会社を設立した裏テーマとして「裏方も、元バンドマンの裏方も、全員養える様な会社にしたい」というものがあるので、まだまだ大きくしていきたいですね。今年はDAYRIGHT RECORDSから2バンドリリースするので、そのバンドが売れてGROWLYじゃ収まりきれなくなって欲しいです。

あと、最近歳のせいか、ちょっとガツガツした精神が薄れて来たので、それを取り戻したいです(笑)。

 

今回は諸々ご回答頂きましてありがとうございました!それでは最後に、これから音楽業界で働こうと考えている方へのメッセージをどうぞ。

 

角田 : 音楽業界で働く事は、決して華々しいことばかりではありません。見たくない、知りたくない現実も受け入れる場面が来るかも知れません。「音楽業界で働きたい!」ではなく、「音楽業界で働く事によって◯◯を達成したい!」という風に、音楽業界で働くことはあくまで手段、その先の目標を持ちましょう。そうすれば、先に進む事ができます。

そして、視野を広く持ちましょう。自分のものさしは、自分のものさしでしかありません。他人を批判する前に、自分のものさしは正しいものか、もう一度考えましょう。周りに流されず、自分の頭で考える事が大事です。

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