八王子Match Vox/RIPS店長 / THE WELL WELLS 奥泰正 インタビュー

八王子Match Vox/RIPS店長 / THE WELL WELLS 奥泰正 インタビュー

奥泰正(読み方 : おくやすまさ)
Twitter : https://twitter.com/09well

八王子Match Vox
HP : http://matchvox.rinky.info/

八王子RIPS
HP : http://rips.rinky.info/

THE WELL WELLS
HP : http://wellwells.com/

東京都唯一の中核市、八王子市。西東京の中でも非常に人口の多い本都市において、数多くのアーティスト達が八王子をベースに成長してきたと言っても過言ではない。それこそマキシマム ザ ホルモンに始まり、TOTALFATやグッドモーニングアメリカ、BIGMAMA、近年だとハルカミライ等、八王子出身のアーティスト達が現在の音楽シーンを揺るがしている。

そんな八王子のライブハウスシーンにおいて、八王子Match Vox及びRIPSの存在は避けては通れない。そして、この2ライブハウスと共に歩んできた名店長の奥泰正氏が今回のキーパーソンとなる。彼は近年、「明日出れない?」と銘打った企画をMatch Voxにて開催し、同イベントにはヒステリックパニック、おはようございます、てんさい。、Graupelの4バンドが集結し、見事大成功を納めた。

今回、奥氏に対して、彼の生い立ちや現在に至るまでの経歴、音楽的ルーツ、八王子の音楽シーンの歴史や想い等を聞くべく、1万字を超えるロングインタビューを実施した。

取材・文 / 宮久保 仁貴 編集 / 松江 佑太郎


 

-TOPPA!!初登場という事で、改めて奥様の自己紹介をお願い致します。

 

奥 : 東京都日野市で生まれて、そのままずっと日野市で育ちました。(※今は八王子在住)家族が音楽をやっていたんで楽器には触れながらも、部活ではサッカーやっていました。そして、日野高校という高校に入ったんですが、OBに忌野清志郎さんや三浦友和さんが先輩にいたりして(※まあ先輩と言っても離れすぎてるんですけど)、中3でバンドを少しかじってたので、軽音部に入りました。そして、高校3年生の時にライブハウスで働き始めて、専門学校で今やってるバンドを組んで、現在に至ります。ざっくりと言えばこんな感じですね。

 

-それでは、ライブハウスで働き始めたきっかけを教えて下さい。

 

奥 :高校1年生の時に最初はLUNA SEAやGLAY、後にHi-Standardとかのコピーバンドをやるようになって、RIPSにまず出始めたんですね。ちょうど僕が高校1年生の時にRIPSが出来たので。それと同時に、八王子にはBEATLANDという老舗のライブハウスがもともとあったんです。活動を続ける中、BEATLANDにも出始めました。バンド活動を続ける中、当時先輩の某有名バンドの方がBEATLANDの店長をやられていて、その人から「俺、ツアーで忙しくなるからお前ヘルプで入っといてくれ。」って言われて入ったまんま、今もヘルプでずっと店長やってるっていう状態ですね(笑)。

その後、BEATLANDが潰れて、Rinky Dink Studioグループが買い取って、BROAD HEART CLUBっていう名前に変わり、そこで19か20歳ぐらいの時にブッキングマネージャーになりました。当時は若過ぎたので年は隠してました。(笑)。今はライブハウスではなく、スタジオとなっています。BROAD HEART CLUBに関して、ライブスペースとしてはかなり狭かったので、「もっと広いところでやってみたいです!」みたいな話を社長に相談した所、Match Voxを作ってくれました。その後、そのまま立ち上げ時のブッキングマネージャーとして働いて、前任の店長が辞めたタイミングで店長になって。RIPSも系列店なんで、その後にRIPSの店長が辞めた時点で僕が両方の店長を兼任するようになったという感じですね。

 

-Match Voxが出来た背景にはその様な事情があったんですね……!
奥様がバンドを始めたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

 

奥 : バンドを始めようと思ったきっかけはTHE BLUE HEARTSですね。音楽のきっかけとしては、5歳ぐらいの頃からピアノをやらされてて。そして、小学校になぜかドラムがあったんですよ。それを叩いていたりしてて、それは遊びでやっていたって感じなんですけど、姉が男の子(多分)からもらってきたカセットテープを、「これもう聴かねえからお前にやるわ。」みたいな感じでもらったんです。誰とも分からずなんとなく聴いてて、「ああ、このバンド良いな。」って思ったのがTHE BLUE HEARTSでしたね。

その後、中学校3年生ぐらいの時にゴミ箱からギター拾ってきて、なんとなくギター弾けたらカッコいいかなと思って弾き始めましたね。最初はTHE BLUE HEARTSの曲をコピーしようと思いました。音楽の授業でちょうどTHE BLUE HEARTSの曲をやったことがあって、自主的に音楽を始めようと思ったきっかけはそこですね。

そして、THE BLUE HEARTSのCDのライナーノーツを確かイノマーさんが書いていらっしゃったと思うんですけど、「「1000のバイオリン」を聴いて会社を辞めた奴がいるんだ、夢をもう1回追いかけたやつがいるんだ。」というくだりがあったんです(※記憶が曖昧ですが)。それを読んで、「音楽ってすげえんだな、俺もそういう風に影響を与えられる人間になりたいな!」と衝撃を受けました。実際にバンドやってみようって最初に思ったのはそんな感じですね。

 

-それでは、奥様の音楽的ルーツ、プレイヤーとして影響を受けた音楽を教えて下さい。

 

奥 : 音楽遍歴だと、初めて買ったCDはMr.Childrenの『深海』ですね。あれがたまたま世代だったんで。単純な理由で、好きな女の子がミスチル好きで、俺も発売日に買ったぜと言いたかったからなんですけど(笑)。中学校2年生ぐらいの時ですかね。

その後、THE BLUE HEARTSとかお姉ちゃんが聴いてたCD聴きながら、ヴィジュアル系も聴いて育ちました。その後、高校入った頃はHi-Standardが全盛だったんで聴き始めたんです。そして、そこからDigりまくって、日本のメロコアシーンにどっぷりハマっていくことになりました。当時高1だったんですけどAIR JAM ’98に行き、出演バンドのCD全部買ったり、PIZZA OF DEATH RECORDSのマークがついてれば全部買うとか、CDのサンクスリストに載ってるバンドは全部中古で探して(お金が無かったので……)買うみたいな感じになっていって。

その後、だんだん自主レーベルで音楽活動してるって人たちのシーンに出会い、僕としてはそれがすごくカッコいいなって思いました。具体的に言うと、SHORT CIRCUITとかCAPTAIN HEDGE HOG、今で言うASPARAGUSのメンバーの前身のバンドとかを聴くようになって、ライヴに行くようになったんですよ。その辺のメロコアバンドでpopcatcherっていうバンドがいて。今で言うBEAT CRUSADERSのクボタマサヒコ(Ba)さんとか、ASPARAGUS/MONOEYESの一瀬正和(Dr)さんとか、toeの美濃隆章(Gt)さんが前にやってたバンドで、そのライヴによく行くようになりました。

そこからさらにアンダーグラウンドな道を進み、WATER CLOSETとかLIFE STYLEとか自主レーベルで活動しているバンドのライブに行く様になりました。この人たちみたいに仕事ありきで自主レーベルで音楽やってて、誰の影響も受けずにやっているのがカッコいいなって思い、ライヴハウスで働きながらバンドをやっていこうと思いました。音楽では食っていきたかったんですけど、そのシーンと出会ったことで自分のプレイで食っていこうとは思わなくなって。売れるためにやるっていうのが少しでもあるのが嫌だったんですよね。ただ、バンドもしつつ裏方として食っていこうと思って、ライヴハウスの店員になったって感じですかね。
高校生の時も一人でSET YOU FREEみたいなイベント行って、誰ともしゃべらず帰るみたいな高校生でしたね……暗くはないはずなんですけど、一緒に行ける友達がいなかった(笑)。そんな感じでしたね。放課後によく原付でdisk unionツアーとかもしてました。やっぱり1人で。(笑)

 

-八王子Match Vox及びRIPSもまた、数々のバンド達がプレイした原点ではありますが、この2つのライブハウスを一言で表すなら、どんなライヴハウスでしょうか?

 

奥 : 一言で言ったら、「誰でも出れるライヴハウス」っていうのを目指してます。
八王子ってやっぱり学生が多くて、学園都市って呼ばれてるんですけど、大学や高校がたくさんあるんですよね。例えばだけど、マキシマム ザ ホルモン、グッドモーニングアメリカ、TOTALFAT、BIGMAMAとか、あの辺の人たちって八王子って言ってくれてますけど、じゃあ八王子出身者がいるかというとその全体でも2人くらいしかいないんですよ。僕も八王子出身じゃないし。上京してきてとか、初めてライヴやった場所とか、八王子ってそういう場所になることが多いですね。

なので、そういう初めての人とかが、夢を追っていくのもよし、趣味でやっていくのもよし、そういう目指したい山の高さに合わせて寄り添っていければいいなと思っています。八王子の音楽シーンとしては、例えば「ダセえバンドは出さない。」とか、「ヘタクソなバンドは出さない。」とか、「生意気なやつらは出さない。」とかじゃなくて、全員一緒に成長していこうと言えるようなライヴハウスをやりたいという意味で、皆が出られるようなライヴハウスでありたいなと思ってますね。高校生とか、あと社会人の、いわゆる1回上がっちゃった人たち、バンド諦めた人たちとか、完全に趣味でやってる人たちも出られる場所を提供したいなと思っています。

 

-それでは、ライブハウスを運営する上でやっていて良かったという点や、苦労した点を教えて下さい。

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